神経は脳につながっていて痛みとか痒みとして認知され反応するとされている。だが、実の神経とはハートに直結しているのではないか。
と、僕は思うのだ。
例えば、ツボを押す。
これは、腎臓の光の姿がそのツボに投影されているのだとしたら。
そこを正常な周波数に調整すれば、腎臓が正常に機能し始める。
しかも、ツボというスイッチを押したからではなく、押した人の波動によって調整されているとしたら。
すべてが理路整然と説明がつく。
謎が謎でなくなる。
不思議が当たり前に思えてくる。
神経の経という字は『糸』を表している。ならばそれは神につながる糸。つまりはハートにつながっているのである。
であるなら、ツボを押してハートを調整し、それが調整されると患部が癒やされるというカラクリになっているのではないか。
僕は鍼灸の専門家ではない。ないけれども、そう思うのだ。
こんなことは、だいたい朝起きたら知っている。なぜだか知っている。まるで自家薬籠中のクスリのように知っている。
ハートが調整されるとエーテル体だとかアストラル体だとかが調整される。これは、足立育朗さんに言わせると、中性子とか陽子のゆがみがとれたということとして表現されることかもしれない。
ともかく肉体を正常にするには、まず不可視のボディを調整するという意識に気づくということが始まりではないか。と僕は思うのだ。
そしてそれはいとも簡単なことである。
簡単であったけれども、とてつもなく六つかしいことに思えていた。
