このあいだのことだ、わたしは恐怖にさいなまれていた、20年くらい前に尾崎豊が<ゆうべ眠れずに絶望とたたかった>という歌詞をうたっていたが、ちょうどそんな深刻な感じだったのではないかと思う、わたしの内面はまるで海だ、深海から浅瀬、表面まで断層みたいになっている、底の方は落ち着いていてゆっくりと対流しているようだが、表面はザワついていていつもじっとしていない、ケソケソしている、気まぐれに恐怖が色めきはじめた、ああまた来たとわたしは観念した、ああまたこのどん底みたいな気分を味わうのかと思った、こいつが来たらもう二度と再び歓喜に包まれるような至福に戻ろうなどとは思えないし、そんな方法があったとしても、到底手に付かないように思えるのだ、誰かの近くにいても、誰かの言葉を聞いても、真っ暗闇の気分はぬぐい去れそうもないとわたしは思ってさらに沈みそうになった、けれども本当は表面のザワザワにすぎないのに、そのときまではそのことを知らなかったのだ、一疋のコバエが目の前を揺れるように飛んだ、それを見たわたしは、これはわたしのせいだとますます恐怖にさいなまれた、というのもわたしは部屋で昆虫を飼育しており、その下地に使っているオガクズから黒いちいさなハエが発生するので家中をゆらゆら飛び回っており、不用意に息を吸い込んだときに一緒に鼻や口に入ってきて、げほげほっとなったり、気管支につまって不愉快でなくなる経験を家族中にさせていたのをちょっと気にしていたのだ、ああもうポストが赤いのも空が青いのも全部じぶんのせいという気がしてきた、なにもかもがうまくいっていない気がしてきた、あれのせいでこれが失敗したのだと思いたくなってきた、これのせいで次がうまくいくはずがないと思えてきた、ああ世界のすべての失敗はわたしが原因なのだと思えてきた、これはこんどハエのことで苦情が来たら死んでおわびをせねばならんと思っていた、ところが、どうにかした拍子に恐れのザワつきが消えたというより、ちょっと深く潜ったのだった、そうすると表面の恐れはそのままなのに、あら不思議、同じわたしがまったく別の気分と言うか境地になったのである、そしたらどうだろう、隣の部屋でハエを追い立て回している長男に、問題集を解いている所に目障りにもやってくるハエをいちいちバンバン叩いて気もそぞろの彼の所に行って、おいコバエは気にしなければむしろ寄ってこないぞ、それどころか協力してくれる、たとえばな、このあいだ、俺になんか妙なもんが憑いてた、その時、下腹に力を入れてな、ハッ、ハッと息を吐いていたときなんぞ、奴がちょうど吸う息と一緒に入ってきてな、それでゲホッ、ゴホッ、ガアーっとやれて手助けまでしてくれたぞ、おいそれにな、こいつらのお陰で今目の前にあることに集中するとはどういうことはよくわかるというものだ、受験会場で隣の席の人がやたらと鉛筆の音を立てる人だったとしてもだ、平気な顔で答案にいそしむことができるじゃないか、気にし始めると、どんどん気になってイライラしてくるもんだ、イライラすればするだけ、家中のハエに気が行って仕方なくなる、心頭滅却すれば火もまた涼しということだ、ワハハハハハ!などと愉快に笑って言ってのけたものだ、つまりこれは、わたしたちの観ている世界って、単なる気分なのではないかとはっきり分かってしまったのである、そんなこと前から知ってはいたけれど、気の持ちようで世界は明るくも暗くもなるなんて、そんなこと当たり前田のクラッカーだったのだけれど、とてもよく分かったのだった、そしてこのごろ時々わいてくるこの恐怖みたいなものは、どうやら屁みたいなもんじゃないかと思っているのである、というのはわたしは長らくこの恐怖を共としていたため自分がそうであるとはちっとも自覚していなかったのであった、つまり近視なことに気がつかないで世界は不明瞭で危険なところだと思い込んでいたのが、最近になってコンタクトレンズだか眼鏡だかをあてがわれ、見えているのに見えていない時の癖が出てきてしまうように、明るい日向(ひなた)の世界を経験して知ったために、後ろを振り返ると自分は寒くて暗い日陰にいたのだと恨めしそうに見ているの図なのだ、で、あまりに長くそこにいたものだから、居心地がよくて、ついつい日陰の方にちょっと足先を戻してみたりしているのではないかと思うのである、おもしろいことに、みなさん、ここ注目、おもしろいことに自分が恐怖にいた時には、自分は何も怖くないと思っていたのですよ! わかりますか? 自分は不安は覚えるけど、恐怖はないと思っていたのです、おもしろいでしょう? きっと人はわたしを見て、なにかを怖がっている人だと思ってもわたしはちっとも怖くなかったのです、だって人はわたしを恐れて近づいてきませんでしたから、多分というか、自分は日向の方が気持ち良かったので、ぜひそっちに引っ越して住まおうと選んだのですが、せめてもうちょっとくらいあの暗い快楽を味わっておこうとして時々、恐怖の屁をこいて、ううん香(かぐわ)しいなどと余韻にふけり、名残惜しげに楽しんでいるのではないかと思ったのであります、そんなところが今のわたしでございます、あしからず。