「状況もボディのひとつなのです。肉体のさらに外側のボディと言えるのです」

なんということか。健康とか病気というのは、肉体だけのことではなかったのだ。状況や人生さえも含めての話しだったのだ。当たり前と言えばあまりに当たり前。すべて内的な経験にすぎないのだから。外側にはなにもない。極端なことを言えば、一生、横になっているだけでも経験を創り出せるのだ。いや、そんなことは、日頃忘れているだけで、誰でも知っている。病は気から。健康が一番。口癖のようにそんなことを言うが、どういうことか、よく解っていなかったのだ。
社会も宇宙そのものも、それがどう観えるか、それがわたしのボディであると言えないか。外側、周縁にありながら、同時にわたしの内部に存在する。わたしが創り出している・・・。いや決して、結論を押し付けているわけではないが。

参加者のひとりが質問した。
「でも、そもそも、その一番右側の数値はなにを表しているのですか?」
「これは、意識の周波数を指数関数的に数値化したものです」
「つまり、そこを上げたり下げたりすると、観念や信念が変化して、そこが変化すると思考が変化して、言葉や行動が変わり、現実が変わるということですか?」
「第5回の講義の内容がよく理解できていますね。いまみなさんのいらっしゃるこの世界にいると、意識がそのまま現実を創ります。
けれども、みなさんの慣れ親しんでおられる3次元の世界では、意識の周波数に応じた信念、感情、観念によって支えられた思考や言葉や行動といった肉体的な過程を経て、さらにそれが他人を巡り巡って評価が定まり、あなたの選択に同意された人々によって対処法や社会的決定などを作り出すなどの行程を経て、つまり時間がかかってから物質世界に現実を創り出します。もちろん、創り出さない場合もあります。現実とは、他と共に協力して創造しているものだからです。二者、個人と社会、社会と社会、社会と国家、国家と国家、国家と個人。すべての関係が同意のもとにみなさんの経験すると選んだ現実を創り出しています。
観念や信念。思考、言葉や行動、リアクション。これらは、意識の、異なった形と呼んでも構いません。肉体化した意識といってもよいでしょう。その中でも、行動が最も重く固い意識の現われです。けれども大本は在り方、つまり意識の周波数、振動です。覚醒の度合いと言ってもよいでしょう。どのくらい神意識に目覚めているか、そういうことです。その行動に意味というものがあるとすれば、このことです。選ばれた意識の周波数。わたしたちはみな、意識のどこかに焦点を合わせている意識なのです。みなさんは、それを人格が高いとか、人間の器が大きいといった仕方で表現されますね。人間は物体ではありません。物体が物体でないように。振動している存在なのです。鼓動し、波打ち、その波紋を周囲に放っています。それらによって出会いや運命、それから人生そのものが創られていきます。
そして実は、みなさんが焦点を合わせている意識の周波数は、選んだ瞬間に経験しています。しかしそれを、『やはり』とかあるいは『なぜ?』いう形で体験するのに時間という因子が介在しているのです。出したものを受け取るとはこういうことです。体験したその後に経験しているのではありません。ある意識状態を選択することが経験なのです。知っていることを経験し、さらに体験するために3次元という世界に同意されているのです。
けれどもこれからみなさんが行くと望まれているリアリティでは、意識の状態そのものが現実として創造されているのがわかるほど、どんどん時間がかからなくなります。経験した瞬間、体験するのです。人間は、意識の表現体であることがはっきりと自覚されてくることでしょう」
「でも、どうやって、意識の周波数をあげることができるのですか?」
科学者は答える代わりに聞き返した。
「なぜ、下がったまま停滞しているものだと決められているのですか?」
「いや、それはあ・・・」
「現実創造の仕組みを理解し、意識の創造性を発揮して、より意識的に現実を創造することをみなさんは、始めますか、どうですか?」
「はじめたいです、・・・。いや、始めます」
「では、動くことが先決です」
よく言われるありきたりの結論に、参加者は不満そうな顔をして、顔を見合った。その内のひとりが質問した。
「それは、なにか始める、行動するということですか?」
「動く。という意味は、意識を動かすということなのです。行動より先にここを動かすことが、ダイナミックな変化をもたらします」
「でも、どうやって・・・」
疑念がわきあがった。科学者は答えた。
「すでにここにお集まりのみなさんは、意識の上昇をしました。受け入れられる限りのです。なぜなら、動くという選択のもとにここに集まられたからです。そして、わたしたちと交流しました。布団で目が覚められた時、ここであったことを思い出されたら、すでに意識がシフトしていることに気づき、これまでの考え方ができないことに気がつかれることでしょう。みなさんは成長し、これまで着古した服が合わなくなったからです。見え方がすっかりかわってしまうことでしょう。確信ではなく、知っているという状態になります。そうしたら、みなさんの触れ合う人々にも影響を与えます。意識の上昇を促します。もちろん、相手がそれを受け入れているなら、ということですがーー」
顕在意識に戻ったわたしは、わたしが自覚できた最大の変化は、太陽が巨大な霊体だとしか見えなくなったことだ。なにかが燃えていたり、核融合しているというより、無数の霊魂の集まった大きな霊があそこに見えている。表面温度6000度の物体の放つ熱が宇宙空間で冷まされて、25℃くらいで届いているなどとは思えなくなった。あれは、本体がむき出しで見えているだけだ。では、肉体に相当するものはどこにあるのか、それは太陽系を構成している惑星たち。もう、なぜか、そう確信している、いや知っているわたしがあった。
「みなさんは古来、意識を上昇させようとさまざまなアプローチをされてこられました。行動を変化させることで、あるいは口癖、思い癖を変化させることで、また観念や信念を変化させることで意識に変化を促そうとしてきました。苦行を通してそれを実現しようとした人たちもいました。最も早く変化を遂げようとして、すでに高い意識を持って、おおきな成功をおさめた先人に倣ったり、またその人のすぐ傍にいて薫陶を得ることで自分の意識に働きかけてきました。すべて、意識をどこに合わせるかのこころみだったのです。意識のどこを指すかです」
「どうすれば指せるのですか?」
「指せばいいのです。指してください」
みな目を合わせたり、首をふったりした。科学者は急に話題を変えた。
「知恵というものをみなさんはご存知ですか?」
「ええ・・・。知っていると言っていいのかわかりませんが、ときどき知恵と思える考えを思いついて適用します」
「もし宇宙を創造した神が叡知だとすれば、それをもうすこし低い次元に適用できる波動に落としたアイディアを知恵と呼ぶことにします。そして初めて明かされるかもしれませんが、これを作っている存在というのがあります。あなたがたの次元でも、たとえばこれをつかまえて言葉という形になおして伝えている人がありますね。信念や観念の形をとらなくても、いきなり、知恵をつかまえることができれば、意識の周波数はぐんとあがります。というより、あがったからそれと相当の知恵がつかまえられるのです」

「まず、すでにそれが創造されている世界に在ること。どうしても時間の観念を介入させたいなら、意識的にこう在りたいと思う次元にシフトするという言い方をしてもいいです。そうすると、選択的にそれがみえる。いまでもみなさんは、そうしていました。みなさんが百貨店に入られて、そこにどんな目的でおられるかで見える物がちがってきますね。百貨店とは、なにを売っている店なのか。人によっては、ネックレスを売っている店。また別の人には、総菜を売っている店。また別の人には、襟をただす空間を作り出しているところと見えるかもしれない。あるいは、これは誤解が生じるかもしれませんが、一万円までの物と決めて店の中を見れば、それ以上の値段の物は視野から除外されますね。つまり次元をあげるとはたとえば今仮に一万円しか持っていなくても1億円まで見るといったことです。百貨店には、1億円の物が売っていないわけではありません。不動産コーナーには、それ以上の物件もあることでしょう。多次元とは、そこまで視野を拡げるということです。そして、自分の望む意識に意識を合わせることです」

「いままでにはなかった新しくできつつある新しい意識に意識を合わせる。そして、その意識の周波数に応じた世界をつくっていく。そうすることで、既製品から選ぶだけではなく、新製品をもつくりだすことができるのです。理解できますね。つまり、高い周波数から発想された社会機構、工業製品、メッセージの数々・・・。あなたがたは、七番目のリアリティがどんなことを発想させ、また容認するか、知っています。そのことを知らないことを忘れて、知っていることを思い出すだけです。知っていることを知っていると知ることです。秩序と調和のちがいを知っていますね? 依存と協力のちがいを知っていますね? 批判と観察のちがいを知っていますね? 知らないことを知らないことを知ることです。みなさんにはできないことがあるということを知らないことを知ることです。みなさんには知ることができないことがあるということを知らないことを知ることです」
 
このあたりのことは、第五回の講義の内容があとから挿入されたようなかんじでわたしの意識に入ってきた。

「もっと上昇するには、手放すものがある、乗り越えなければならない観念があるという観念を手放してください。みなさんは、ただ思い出せばよいのです。思い出すと同時に手放す。思い出すことは手放すことです。よりおおきな愛の波動を思い出すことで、それを妨げていた観念に気づきます。諸元の意識に戻っていくことを意識して選んでください。では、自分の望むより高い周波数の高い状態に焦点を動かし、そこにとどまり、さらにまた焦点を上に動かすにはどうすればよいか、ということになりますが、自分が『動き』そして、本当にそうなっているのかを知るにはどうしたらよいですか?」
科学者が質問すると、参加者はザワザワした。
「そこが解らないのですよ」
「これには、テクニックがいります」
「テクニック? 技術ですか」
「はい。日本語に翻訳されましたね。しかし、私たちが調査しましたところ、少しニュアンスがちがいますね」
「数値を測る装置をもらうというのはできないのですか?」
「もしあなたがたが、原始人しかいない惑星に行ったとして、パソコンや携帯電話を渡しますか? また、ジャングルにひそんで、文明人の首を刈っている人たちにライフルを持たせますか?」
「いいえ」
「なぜですか?」
「使えないと思うし、またかえって危険になるからです」 
「そうですね」
「私たちは原始人ですか」
「ちがいますか? その自覚のないのが、原始社会の特徴のひとつなのです。みなさんは、特に霊性の発達という点においては、まったく、文明というものを始めてさえいません」
明言した。
「どういうテクニックが?」
「みなさんの次元にいると、自分が本当に変化したかを知る術がないように思えるのです。それを知るには、みなさんの住む地域の言葉でいえば、コツがいるのです。先程から何度もお見せしました通り、最も簡単な確認方法は、みなさんが過去と呼ぶ出来事をどんな経験と見なしているかを想像することです。感情を見てください。どれが感情は、区別ができますか?」
参加者は、まあ、できるかなというように首を小刻みに縦にふった。
「たとえば最もニガいと見なしている体験があるとしますね。そのことを思い出した時、恨みや憎しみがわきおこりますか? それともその後の自分を創っていくのに最適な経験をさせた出来事だったと感謝していますか? どの状態こそが自分だと本気で口に出して言えますか? これはひとつの簡単な方法です。他にもみなさんの創造性を使って発明してください」
「え、え? よく解りませんでした」
「解りませんでしたか?」
「はい。よく」
「感謝している時、みなさんは、頭と心が分離しているという観念を使うことをやめています。心ひとつで分離を楽しんでいますーー」
「それは、馬鹿のひとつ覚えということですか?」とわたしが質問した。「ちょっとそういうのは、なんでも感謝すればいいってもんじゃないでしょう。そういうの僕は、バカンシャと呼んでますけどね」
「おもしろいですね。あなたは、コメディアンですか?」
「コメディアンじゃないですけど、ときどき言葉遊びをして笑います」
「あなたは、感謝の状態にある時と、感謝しているのだと思い込んでいる時を区別して、後者の方がその格言の意味だと定義しているのですね」
「ええ、まあ、そういうことになります。というより、たいていはそうじゃないか、と思うのです。多くの人がそんなふうに解釈するのではないかと」
「なるほど。あなたはどうですか?」
「私は、感謝がわいてきた時は、おのずと感謝しますが、思いこもうとしている自分があるとすれば、時間の無駄だからそうはしません。そんな自分でいるのはもったいない。自分から離れた感じがするんです。感謝を儀礼的にやることはないです。都合の良い事をしてもらったから、してあげるというお礼はしません。どうかと言えば、常時感謝しているような状態で、あまりに感極まって来たら、手を合わせて天に戻します。すべてはミラクルだ、そんな思いが募ってきたとき、思わず感謝しています。と、言ってもそんな状態に完全に移行したと思ったのは、ごく最近のことです」
「それを、馬鹿のひとつ覚えと言います」
科学者が言ったので、参加者ぜんいんが笑った。ヒーラーとおぼしき女性の宇宙人まで。
「あなたがたに生じた、ある出来事には意味がありません。そしてまた、ある出来事と別の出来事にはなんの関連性もありません。それに独自の意味をつけ、なんらかの関連づけをしているのは、みなさんです。みなさんの好きな観念です。愛以外のどんな解釈も真実ではありません。それを観た時、自ずと感謝の状態であるのです」
と、科学者は言った。
「さて、ここからは、講師が交代します」

女性の宇宙人が科学者のいた所に立った。白い肌、銀色の長い髪、非常に整ったシンメトリックな顔、すこし奥まった大きな瞳、いわゆる北欧系といわれる長身の女性の宇宙人を思わせる、あるいは天女のような印象を持つ、まるで精巧に造られたマネキン人形のような女性が動いていた。その動きひとつひとつはしなやかで流線的で決して目を離すことができないくらい魅力的なものだった。