「ここが乾癬を表現している信念です」
と、科学者が言った。表の38番には、297と書いてあった。
「つまり、この方は、乾癬を発症するには周波数が高すぎるということになります」
わたしが乾癬に興味をもっているのは、父親がここ十年来、定年過ぎてから乾癬に悩まされているからだ。飲み薬、付け薬ではまったく歯が立たず、天然水をくみにいったり、健康食品を飲んでも治らない。まったくお手上げなのだった。
「でも、せっかくだから、あなたがベッドに横になりませんか?」
「わたし、ですか?」
科学者は、わたしを指名した。質問者だからだ。
横になると、わたしを表すグラフィックと表が現れた。のどのあたりに若干翳りがあったが、全体としては白く光っていた。意外だったのは、右側の表の行数が少なかったことだ。7行ほどしかなく、全体を表す数値も比較的高かった。たしかにわたしは病気をほとんどしない。病院にもかからないし、薬も飲まない。強いていえば、このごろ頻繁に耳鳴りがし始めたくらいで、それも異常というより飛行機で高度をあげているときのような感じなので、ほっといている。
「あなたの場合、皮膚になにか症状を示すための観念が分離独立していません。それで、付け加えます」と科学者が言うと、項目が現われた。
「あなたのお父さんをリーディングさせていただきました」
数値は、なんと98しかない。
うわっ!
たまらずわたしは声をあげた。「か、かゆい」
頭皮一面に、ツのような物ができ、それが首や肩にまでひろがった。わたしはガシガシ頭を掻き始めた。
「ふ、ふけが、うわっ」
ボロボロと頭の皮がめくれてベッドに落ちた。「い、痛い」
掻き毟った頭皮が今度は痛みを発した。どすっと腹に来る陰気なかんじ。闇の中でもがいているような救われなさ、そんなものを感じていると科学者が聞いた。
「どんな感じですか?」
「・・・生まれてきたことに罪悪感があります。悲しいです。とても、悲しいです。まったく祝福されていない気がします。両親が憎いです。かなしいです。生きていることが辛くてたまりません。ウオッ、ウオッ」なんと、わたしは泣き始めた。まるでナイーブな子供のようだ。
「じぶんのせいで親父とお袋がうまくいっていません。いがみあっています。じぶんが生まれてきたせいです。仲良くしてほしい・・・。生きててごめんなさい。もう、じぶんなんかどうなったっていいんだ。死ぬ。いつ死んでもいいんだ」
みじめでやるせなくて、生きていることを四六時中謝っているーー。そんな感傷的な気分にひたっている父を感じながら、どこかでわたしは彼がかわいそうにさえ思えてきた。しかし意地悪く取れば、そうやって他人の哀れを誘い、気を引いてきたとも言えるだろう。『死の棘』を誰それ構わず刺してきた罪深い人と言えるかもしれない。妻の神経を病ませたのは、妻に狂態をさらさせたのはーー。彼の信念に同調することで起こしたかずかずの精神的症状と失態。にもかかわらず、彼はそんな妻をなじってさえいた。
「食べ物については、どんな考えがありますか?」
「貧乏で育ったので、食えさえすればなんでもいいです」
「なんでも食べるのですか?」
「はい。なんでも食べます。あ、いや、ぜいたくなものは敵のような気がします」
さも自慢げに答えている自分が不思議だった。
「あまり人体に害のない、自然な食べ物を選んで食べるということはしますか?」
「いや。しません。安くて量の多いものが好きです。味なんか関係ないです。食べ物に、体に良いとか悪いとか、そういうのはありません。金のかかることは悪いことです」
感謝して食べるというより、ギリギリのところで生きてやっているのだぞ、といった甘ったるい正義感が胸のあたりに漂ってきた。
「では、この数値をあげます」
言って、科学者はパネルに手を触れた。数値が300にあがった。とたんに乾癬は体から消えた。
「どう感じますか? ご両親は」
「はい。仲が良かったり、わるかったり。時には喧嘩をすることもあるでしょう。喧嘩という形を取った愛のコミュニケーションもあります。彼らの夫婦関係は、そうやって互いによく理解したり、成長したりする機会だったのでしょう。あれは、あれでいいんじゃないですか」
「では、600にあげます。どんな感じですか?」
「すべて遊びです。かれらは楽しく愛のダンスをしていただけです」
言って、じぶんはなんと無責任なことを口走っているのか、とも思った。父親ともどもこの周波数の考えに慣れていないのだ。
「食べ物についてはどうですか?」
「ヒステリックにえり好みはしませんが、より自然な物、より波動の高い物、両手をかざしてそれを感じ取り、その時自分に最もふさわしいものをふさわしいだけ取り入れます」
「ついでですから、1000にしてみましょう。どんな感じがしますか?」
「対霊、片割れに会っていくプロセスにすぎません。楽しいゲームです。遊びです」
なんだか確信をもった、いや確信さえ超えたような明るい気分で、そう胸の中が愛でいっぱいに満たされている実感をもってわたしは答えていた。おほっ! おほっ! 愉悦の笑い。その愛はこぼれそうになった。
「もう、めぐり会われましたか?」
「はい。その存在を知っています。実は、一度も離れたことはありませんでした。ずっと一緒にいたのです。肉体が近くにやってきただけだったのです。そのことを思い出した時、わたしは全てだ、完璧だ、欠けたものはなにもないという記憶を完全に蘇らせました。恐れが、単に愛を経験して知るために創造された、もう一つの愛の姿だと知っています」
なんという恍惚感。対霊と溶け合い、溶け合われている無我の境地。それを通して見る世界は、
すべて愛でしかなかった。もうわたしは、父でもわたしでもなかった。誰も彼もが自分自身としか思えない。自分が誰も彼も自身だった。地面に頬を撫でつけて感謝したい、いや、もうそうしているとしか思えない一体感。頬に地面が撫でついてきて感謝している。なんともはや言葉では表現しえない・・・。 もし、宇宙が、宇宙を創った神が、少なくともこんな心境にあるなら、そりゃあ、なんでも赦すわな、と思えた。
「食べ物については、どうですか?」
「たべられるものは、わたしです。わたしもたべものです。わたしを戴き、わたしを捧げている。愛と感謝しかありません。それがぐるぐる回っているだけです。なにを食べてはいけないということはありません。すべてわたしそのものですから」
「はい。では、元にもどします」
元に戻っても、あの恍惚感とともに、存在そのものの進化を最低から最高までほんの数分で駈け抜けたような爽快感があった。
父にとって、乾癬として表現されていたのは、存在そのものに対する見方だったのだ。男と女がいて、自分が生まれた。自分の存在についての根源的な疑い。自己否定への信頼。彼の場合、それが乾癬という形で表現されていたということなのだろう。発症するには、食に対する信念も影響しているようだったが。それにしてもだーー。
「これは、マインドコントロールの装置ですか?」
起き上がったわたしはたずねた。正直なところそう思えた。思考が勝手に操作されているように感じたからだ。
「いわば、そういうものです」科学者は事も無げに答えた。
