「乾癬には、どれが効いてるんですか?」
わたしが質問した。
「膠原病は、どうすれば治るのですか?」
他の参加者から質問が出た。科学者はこちらにふりかえって言った。
「言っておきますが、それらの症状をいわゆる正常な状態にするかしないかは、あなたがたの選択の問題なのです。わたしたちは、意識と観念、観念と肉体への表現について証明しているだけなのです」
科学者の役割分担として突き放すのではなく、個人の選択がどこまでも尊重される世界ーー。

第1回目の講義は、『総論』だった。
「あなたがたが最も興味をいだかれているアセンションについて申し上げます」
と科学者は言った。
宇宙船の創り方とか、芸術についてとか、そういうことをさらっと一通り見たような講義だった。わたしは都合5回、この総論と第4回第5回、それから第7回に参加したと思う。思うというのは、特にパンフレットを渡されたり教科書があったりして物的証拠が残っているわけでもないし、後頭部にわずかにある映像と、朝眠りから覚めるとなぜか知っているという感覚だけだ頼りだからだ。どれも、意識とエネルギー、波動の観点からの講義であった。これらの物の観方がダウンロードされたわたしには、3次元世界に戻った後も、物体が単に物体に見えているだけだという確信を深めていった。

「あなたがたの肉体は、『5』という数字で表されます。五体満足、五臓六腑、五感などと、肉体に関することをこの数字で表すことがよくありますね。
そして調和のとれた霊体、あなたがたの本質は『6』という数字であらわされます。肉体的欲望やエゴの影響のない姿です。たとえば、第六感すなわち直感インスピレーションとは、ここが感じ取った情報です。たいていは無視されていますね。そして、これからみなさんが行くと言っているリアリティは『7』という数字で表されます。いいですか?」
「それは、5次元とはちがうのですか?」参加者のひとりが質問した。
「5次元と言った場合、それは主に場所を表しています。つまり、ここです。あなたがたの次元からすると夢の世界、つまりいまいらっしゃるここです。5次元への上昇とは波動の世界から観ると、第4密度への移行ということになります。つまりより精妙で周波数の高いエネルギー状態です。意識の合わせられている焦点が異なるということです。物事はすべて反対概念などなく、ある指標に含まれている度合いのちがいと見えてくる。また、ひとりひとりが個性的にふるまいながらも全体との調和がとれているといった状態と言うこともできます。自分が多次元の存在だということを、体験はしませんが、思い出し経験する意識の状態です」
わかったようなわからないような雰囲気が参加者の間に流れた。が、わかると思うと不思議とすんなりわかった。
3次元、つまり分離した状態がすべてだと見なすと、個性か全体かどちらに合わせるべきかという議論になる。また、猜疑が信頼のない状態ではなく、別の価値を信頼しているということが分かりにくい。健康になろうとするのも、病気という状態に居続けていながら、遠くを見ていることになって、いつまでも健康にはならないジレンマの謎がわからない。
こことあそこ。以前と以後。視点が分離した一方に固定されていて、いつどこでも、いまここだ、というように意識が遊ぶことができないのが3次元世界の幻想なのだ。
第4密度以上のひとの放つ思考のエネルギーは細かく柔らかいので、第3密度にいる人がそれを受け止め理解するのは、たとえていうなら、目が粗くて固い網で、細かなシャボン玉をとらまえるようなものだろう。ほとんどがすり抜けるし、また網にひっかかっても割れてしまう。第3密度にいる癖の抜けない状態ではかれの言うことは理解できないのではないか。
「この情報は、すでにわたしたちより先に地球の許可を得た存在たちによってもたらされていることと同じことです。なぜなら、それが宇宙の常識だからです。しかし、いっておきますが、これは固定観念とはちがいますよ」
参加者の中にはその手の本を熱心に読んでいるらしい人もいて、うんうんとうなづいていた。
「これらのことと、いまご説明している数字とはすこし違います。あなたがたの肉体は5ですが、わたしたちは6以上なのです。肉体が霊体と一致した状態です。わかりますか?」
もうひとつつかみにくいといった空気が流れた。先を聞いてみましょうといった雰囲気になった。科学者が続けた。
「7とはつまり、超能力の世界です。テレパシー、透視、体外離脱、サイコキネシスなどですね。それらに対する恐れが完全にない状態です。完全に調和のとれた一体性を表現した社会を創造する世界とも言えるでしょう。そしてなにより、愛を実存としてとらえる能力、宇宙の真理と交信して楽に生きていく能力があることを完全に認めた世界です。宇宙は愛そのものでありまた、みなさんも愛そのものであるという認識に達しているということです。いままでも、みなさんの歴史の中で、個人でこの概念に到達した人は、いくにんかいました。たとえば、イエス・キリスト、ゴータマ・ブッダ、孔子、老子、ロード・クリシュナ、パラマハンサ・ヨガナンダ、空海、日蓮などと呼ばれた人たちです。他にもたくさんいます」
「そういう人と同じになれるというのですか?」
「はい。それも簡単にです。しかも、おおぜいの人間がなるのです」
信じられないといった様子で参加者同士顔を見合わせた。
「さらに『8』という姿でいることもできますが、これは、もう地球上で肉体をもって生活するには不適な状態かもしれません。これまで何人か、地上にも人知をこえた能力のあることを示すためにいたこともありましたが、これからは、人間の姿を取らずとも、わたしたちの存在がそのかわりをつとめます」
 
「これから行くリアリティは、みなさんがこれまで何千年も理想として夢見てきた世界です。それが実現するというより、その、すでに実現している世界にシフトするということです」
「どうしたら、シフトできるのですか?」
「なにもすることはありません。ただ、意識を合わせるだけなのです。ここを意識で指せば行けます」
「つまり、そういう意志をもつということですか」
「はい、そうです」
「努力したり力を入れてがんばったりする必要はありません」
なにもすることがないという考えをするのに、わたしたちは慣れていない。なにかしなければならないという考えをしないことの方が、地球では難しかった。
「あなたがたは多次元の存在です。5次元にも存在しているということを思い出してください」
だんだん言っていることが解ってきた。ここでは、理屈ではなく、いきなり解るという感じなのだ。
他の次元と完全に分離して3次元にだけいると思うのが、3次元の思考法だが、たとえばその思考法をしたとしても、多次元が同じところに重なっている複数のカードだと見なせば、自分が5次元にいると思えばそこにいるということなのだろう。視点、焦点の問題なのだ。そこは3次元も6次元も、あらゆる次元を含んでいる。 
すでに自分は5次元にいると見なして、5次元的な意識になって5次元的な思考をすれば、あとから、分離していた3次元がやってきて重なるというイメージなのではないか。つまり、この世に形や現実として表現されるということだ。引き寄せの法則とは、このことを言っているのかもしれない。解ったという思いでわたしはちょっと嬉しくなった。
「この7という概念を使ってわかりやすいように、70億の人口を均等に7つのクラスに分けてみましょう。みなさんは、ここにいらっしゃるとき、理屈抜きに理解できるようになっているのですが、肉体と顕在意識に戻られた時のためにこのような説明をしておきます。そして仮に、7組目をアセンションした人たちのクラスとします。この、6を超えた7番目のクラスが、今回新設されたと考えてください。新しい進学クラスです」
「それは、初めてのことですか?」とわたしが質問した。「すでにわたしは3回目くらいのトライということはないですか」
「いいえ。初めてのことです。まだ、未来は確定していません」
さっき、すでに存在している世界にいるだけだと言ったばかりなのにーー、とここにいるにもかかわらず、また3次元的な疑いが起きてきた。嬉しさはすぐにひいた。初めてをなんどもリピートしている世界にいるんじゃないだろうな、という気もしてきた。よくわからないので、続きを聴くことにした。
「1組から6組までも、それぞれの人が自分の学びのステージに最適なコースに進むための最高の現実を提供してくれる場所なのです。したがって、来年になっても、いきなり人口が激減することはありません。みなさんがそれを選択しない限りーー。
みな、同じ学校にいるのですが、通うクラスがちがうのだと思ってください。そうして、1組から6組までのひとはそこを卒業すると、自分のステージに最もふさわしい場所へと移動します。3次元にある他の惑星に行くひともあるでしょうし、また、地球の過去に戻る人もあるでしょう。6組の人の中には、アセンション直前の地球にもういちど生まれなおすのを選ぶかもしれません。これが、2度目のトライということになります。そうして、新しい次元の地球に住むのに適した霊体が、他の惑星や次元から転生してくるようになります。7組の人口はどんどん増え、その他のクラスの人口は減っていくのです。こうして、入れ替わっていくので、人口は変わらないように見えても、住む人の次元が異なっていくというわけです。わかりますか?」
「それはつまり、これまで住んでいたアパートがマンションに建て替えられるので、戸数は同じでも、家賃の上昇に見合った人に入れ替わっていくということですか?」
「あなたがたの認識の仕方ではそれが最も理解しやすいたとえかもしれません」
「なんだか、差別的な気がします」
「どうしてですか?」 
「えり分けているような・・・」
「どのクラスが優れているということはありません。どのクラスもそれぞれの人にとって最上なのです。あなたも、別に7組に行くことはないのですよ。そこに行ったからといって特別な利益を得るわけではありません。ただ、自分の学びたいことを学ぶだけです。小学校2年生が1年生より偉いわけではないでしょう。1年生もいずれ2年生になるのですし、学びの段階がちがうだけです。そこにはそこのすばらしさがあります。今回、7組に入る方たちも、以前、どこかの惑星におけるアセンションには乗らずに、この地球に来たという人もいるのですよ」
何回聴いても、よくわからないという無念にちかい感情が参加者の間に流れた。わたしとしては、7組の人が増え、他のクラスの人はそれぞれに見合った進学先に行くので総人口が変わらないという説明は分かり易いと思った。
「でも、アセンションしたかどうかは、どうやってわかるのですか、証明手段はありますか?」
女性の参加者がきいた。
「7組のひとびとが調和を表現する企業や産業、またコミュニティを創造していくことによって、愛の実存が証明されていきます。超能力だと見なされていたオカルト的な能力が、ただ眠っていただけだったことが他の人にもだんだんわかってきます。このことを見ておくのと見ないでおくのでは、進化の速度がちがってきます。
証明をあなたがやるか、他の人がやるのを指をくわえて見ているだけか、どちらを選びますか?」
科学者はそう言って、初めて笑った。

それから、宇宙船の創り方というのを聞いた。
「あなたがた地球の人が社会を作るのと同じやり方です」
と科学者は言った。
宇宙船を作るやり方が、社会を形成するのと一緒? わたしは度肝を抜かれた。