「ここに集まられているみなさんの住まわれている地域では」
と宇宙人は言った。よく見るとこの人には、後頭部から髪の毛が垂れていた。前ばかりに注目していると、スキンヘッドに思えていたのだが、中国の弁髪のように頭の中央から一束の白銀色の髪の毛が肩甲骨のあたりまで伸びている。この部屋にいた宇宙人は、やはり3人で、パネルの前で説明しているこの人は、科学者、そして被験者の横についているやや背の低い、そしてこっちの方は完全に無毛の男性は医者、参加者のうしろで見守るように立っているのは女性で、ヒーラーのようだった。
さっきから気になっていたのだが、この人たちは、やたらと分離を意味する単語を用いて話すよう心がけているようだ。
「ーー住まわれている地域では、『馬鹿は風邪をひかない』という格言がありますね」
格言だったかなあという素振りで参加者は顔を見合わせる。
「どういう意味ですか?」
参加者のひとりが答えた。
「ええっと、頭が悪い、いやこういう言い方は失礼なんですが、頭が悪いと、余計なことをあれこれ考えない、心配しないので、病気をしないということです」
「はい。つまり、頭と心が別々ではない、ということですか?」
全員がなんとなくうなづく。
「心ひとつで生きているということですね?」
科学者の言い方に、ああ、そんな見方もあるのか、というひらめきにも似た驚きと喜びとが全員の中にわきあがった。
「心が思考を作り出し、思考が肉体に表現され、周囲の状況を創造します」
科学者はあっさり言った。これが科学者の言うことか、とわたしは思った。地球でなら、宗教関係者の領域だろう。ーー領域。こんな言葉を使うの自分に違和感を覚え始めていた。なぜ、扱うテーマを扱う者を限定するのか。
「いまから、そのことを証明します」
 
「誰か、そのベッドに横になっていただく方はいらっしゃいませんか?」
科学者が促すと、医者が言った。
「健康状態を測定する装置です」
数人いた女性たちは、おのおのに顔を見合わせ、恥ずかしそうに躊躇した。
「では、私がーー」
40歳くらいの男性が申し出た。顔色がすぐれず、左の頬に苦痛にゆがむ癖をもっていそうな筋があった。
男性が横になると、スクリーンに人型のグラフィックが映し出された。印象としては、あまり濃い色ではなかった。たとえて言うなら、ロウソクのけむりの影が白い膜に投影されているような、ゆらゆら揺らいでいるといった感じだろうか。わたしは一番前で食い入るようにその装置をながめた。
スクリーンの右側には、表が現れた。50行ほどあったと思う。表は左から通し番号、不可解な文字、それから、だいたい150から350くらいまでの3桁の数字があった。
「はい、いいですか?」と科学者は言った。「これがこの方にある観念です」
不可解な文字をスティックで指し示した。どうせなら、日本語にしてくれればよかったのにと思った。その文字は、ゴチゴチした、まるで呪文にでも使われそうなぐるぐるトグロのような形状をしていて、全く意味不明だ。
「この観念は、ここに表現されています」
人型のグラフィックの心臓あたりを指した。そこの数値は360だったと思う。記憶違いかもしれないが、全体の中では高い方だったのはたしかだ。
「この方は、ふてぶてしい心臓をもっています。新しいことにも動じない。何事も挑戦だという言葉で表してありますね。それから、人と人とのコミュニケーションが大切だとも書いてあります。後輩思いの上司なのでしょう」
科学者は、この観念はここに表現されている、と説明しながら次々に指していった。
「ちょっと待ってください」さきほどから、業を煮やしていたわたしは説明を中断させてまで聞いた。「今日いるのは、全員日本人なのに、どうしてその表の文字は日本語じゃないのですか? プライバシーの問題ですか?」
「よくみて下さい」
科学者が言った。「日本語ですよ」
ええ? っとわたしは思った。そして、パネルに近づき、至近距離でかぶりついた。なんと、文字は日本語だったのだ。
一文字に見えていた固まりは、文章をまるでロールパンのように巻いてあるではないか。それがいくつか並んでいた。複数行にわたって表記するのではなく、文章を巻く。そんな発想はわたしにはなかった。科学者が言った。
「あなたがたの文化を調査しますと、巻きずしというものがあるのをわたしたちは知りました」
かれらのユーモアのセンスには、ほとほとあきれかえる。たしかに、海苔巻きが並んでいる。わたしは、苦笑せざるをえなかった。ナルトやラーメンのドンブリにある渦巻き状の模様が、実は大量の情報を詰め込んだ記号に思えてきた。
 
科学者はいとも簡単に胃潰瘍を治した。
一連の証明が終わった時、数値は、いわば観念の大きさ、幅を表しているようにも思えた。数値がちいさければ、物の考え方もちいさく、狭く限定され、それがある部位に表現され、また深刻な症状として現れるのだ。
「3次元に戻った時に、どうなるのですか?」
という質問が参加者の中から出た。
「みなさんは、アストラル体をもってここに来られています。肉体に最も近いボディですね。みなさんのリアリティでは、この波動は見えませんが、ここでは肉体のように感じられる波動なのです」
科学者は当たり前のように答えた。
「心の方の波動があがりましたから、アストラル体に現れたのと同じように、すこし、時間が経ってからかもしれませんが、肉体にも表現されます」
これを聞いてわたしは思った。
アブダクションで、不可思議な傷を負ってかえってきた人が、数日の間に、みるみる修復され、跡形もなく元に戻ったという報告があるが、どうやらあのカラクリはここにあるようだ。つまり『おまえの足には、ナイフで切ったような深い傷がある』と催眠術のように思い込ませ、その傷を肉体に創り出しておいて、さらに『その傷は3日で跡形もなく元に戻る』と思い込ませておけば、簡単に、人間の医学では信じられない現象を生じさせることができるのだ。人間の常識を逆手に取って利用し、かつ意識の周波数を操作することで、まるで手品のようなことを人の体を使ってやって見せることが可能なのだ。
「数値を500にまであげたら、どうなるのですか?」
わたしが質問した。
「はい、では、やってみますか?」
被験者はうなづいた。科学者は、パネルに触れた。
「どんな感じですか?」
「胃にはまったく違和感がありません。まるでないかのようです」
「どう思っていますか?」
「上司とか部下とか、そういう垣根をとって、能力を出し合い、ひとつの事業を達成したくて仕方がありません。チームでやることで、個々人の能力を足した以上の成果を出せることを身をもって知りたくて仕方がありません」
このくらいの考えなら、デキる上司、チームリーダーの真の姿という程度のものだろう。多くの人が一度は体験したことがあるにちがいない。どの職場にもひとりやふたり、そういうレベルの人がいるものだから。
「では、こんどは、750にしていいですか?」
「どうぞ」
科学者が表に触ると、数値が変わった。人型のグラフィックが胃を中心に光り出したようになった。この部分の周波数があがったので、それに影響された他の部分がひきずられるように活性化されたのだろう。
「どんな感じですか?」
被験者は体をくねらせるようにして、まるで呻吟するかのように言葉をはきだした。
「もう、達成しています。われわれは、手順よくそこに行くだけです。もうあります。あるんです。みんなで情熱をもって、手をつないでそこに行くだけです。あああ・・・。手をつないでいると、すばらしい大成功が向こうからこっちにやってきます。失敗することなどありえません。あああ・・・」
苦しそうにも見えたが、なにかとてもすばらしいことがこの人の内側で起きているようだった。それにしても、なぜ胃の調子と会社の仕事が連動しているのか。この人は、胃に表現されている観念を変えると、仕事にたいする見え方がかわる。きっとこの人にとって、胃と仕事は結びついていることなのだろう。たとえば仕事は腹でするもの、とか胃袋を満たすためにやるものだという、前提となる観念があるのかもしれない。
「では、1000まであげてみますか?」
科学者が言った。被験者の横についていた医者が、もういちどたずねる。オーケー。被験者がまるで痙攣したかのように首を縦に数回ふった。
医者というのは、この人たちの間では、あまり重要視されていない存在のようであった。もちろん、どの存在の能力も対等で同じように重要なのだけれど、地球ほどは珍重されていないかんじだ。それはそうだろう。肉体側から治すのは、かえって困難な上に、よほどのことがないかぎりする必要がない。予防医学どころか、無病なのだから。(あとで知ったのだが、医者は宇宙空間で病原菌に感染したり、体内にたまった毒素を解かす時に中心になって仕事をするのらしい。地球では難病とされている癌などは、非常に古い治療法で治すらしく、すでに現存していないが、宇宙の許可を得れば肉体側から治すこともできるのだそうだ)
科学者が表に触った。グラフィックが胃を中心に眩しい光を放った。
「どんなかんじですか?」
「あああ・・・。ぜんぶあります。なんにもすることがない。もう、すべてがあるんです。・・・する必要のあることなどありません。ただただ、やりたいことをニコニコしながらやればいいんです。ひとつです。みんなひとつに溶け合っています。あああ・・・。この気持ち良さ・・・。みんな、みんな、いてくれてありがとう・・・。いてくれるだけで、大成功だ」
酔っぱらってくだをまいている人のように思えた。しかし、呂律がまわっていないわけではない。ニルヴァーナの恍惚感に達したのかもしれない。表を見ると、一番下にある全体の波動の値が500を超えていた。これは、平均値ではないらしい。ざっと計算しても、胃や仕事を司っていた観念を1000にあげたところで、平均は500にまであがらない。せいぜい、340、50といったところだ。それにしても、全部が1000になったら、一体人間はどんな状態になるのだろうか。
もはや、人間ではないだろう。
「はい」と科学者が言った。「このような状態になった人のことを、あなたがたの惑星ではなんと呼びますか?」
「さとったーー」
「気が狂っている、と言いますね」
わたしの発言を遮って科学者が言った。
「はい、そうとも・・・」
地球では、すべて逆に見なされているのだ。健康で崇高な考えをもった人をーー。そうして不健康な人が、酒のちからをかりて本心を発露するのを正常だと見る。
数値は350に戻された。
ぜんたいは、258という数値になった。胃にかかっていた観念をかえる前より、20くらいあがっていた。これをあまりに上げすぎると、戻った時に、まったく違った家庭環境になっていることが多いのだそうだ。しかしこの時点では、わたしにはその意味がわからなかった。
「乾癬には、どれが効いてるんですか?」
わたしが質問した。
「膠原病は、どうすれば治るのですか?」
他の参加者から質問が出た。
どちらも、難病だ。宇宙人はいったいどんな方法を提示するのだろう。