私はSF小説家だ。
スターシードだなんだと言っているのに、いまさらなんだ、なにを躊躇する。第一ここは、おとぎの部屋じゃないか。
これから話すことは、まさに夢物語として聞いてもらいたい。
おとといの晩のことだ。
私は布団に入った。眠るためだ。
眠ったと思ったら、起きた。
宇宙船の中にいた。
そこには、日本人がわたしを含めて10人くらいいた。
異星人と思われる、この船の管理者が3人ほどいた。
10回目の講義、今日は『ヒーリング』についてだった。
内部は、白いイメージだが、つやつやして発光しているようなかんじだ。
人間の講義用に作った装置があった。
それは、1メートルほどの台に据え付けられた縦2メートル、横1・5メートル程のパネルで、シルクスクリーンのような膜が張ってあった。
金属をくりぬいたようなベッドがあった。
そこに参加者の一人が横たわった。
すると、パネルにその人の体の形状が、サーモグラフのように表示された。
そしてその横に50行ほどの表が現われ、番号と文字と数字が書いてあった。
宇宙人の姿は、長身で2・5メートルくらいあったろうか。銀色の服を着て髪がなく、賢明な博士のような風貌だった。けれども、別の記憶では、頭がなく、手足が長く、頭脳に相当する部分は胸の中にあるような裸体の姿でもある。これも2メートルはあった。どちらにしろ、定かではない。
地球で行なわれているチャネリング会で降りているのは『集合意識』であり、ここにいる3人の内のひとりではないそうだ。3人の意識を融合させて、第4の実体を作り、それをチャネルに送り込んでいるのらしい。3人寄れば、文殊の知恵というが、文殊が3人集まったような、超高度の叡知となって、聞く者の次元に最も適した言葉と論理と雰囲気を作り出すのだそうだ。チャネルの降ろしている第4の実体は存在しているが、その実体が個別としてここにいるのではないのらしい。
宇宙人が説明した。
パネルに映し出されているのは、被験者の波動が視覚化されたものだという。
いわゆる、オーラのようなものだと思った。
腹のあたりに黒っぽい影が煙のように揺れている。
レントゲン写真とかCTスキャンの画像だと思ってもらうとイメージしやすいのではないか。宇宙人が言った。
「この黒い部分は、ここです」
かれは右の表の一番上を指した。1とされた右の枠には何か文字が書いてあり、さらにその右の枠には169という数字がついていた。まさに、人間ドックをして、もらった表のようだ。
「文字には、この人の信じていることが書いてあります。そして、数字はその波動を数値化したものです」
宇宙人は説明した。わたしは、かなり前の方にいたが、その文字は日本語には見えなかった。アラビア文字のように、ゴチゴチした模様のように思えた。
「あなたがたは、心と体が別のものだと認識されていますが、同じものです」
宇宙人は言った。
「いまから、その証拠を見せます。証拠を見なければ、人間は信じないことをわたしたちは学習しました」
言って、宇宙人が、169という数字を250にかえた。すると、パネルの黒い影が薄くなった。
「どうですか?」
宇宙人が被験者にたずねた。
「痛みがやわらぎました」
「この人は、胃潰瘍をわずらっていました」
宇宙人は、意識を被験者にふりむけた。
「いま、なにを思いますか?」
「健康な体で働きたい・・・です」
「はい。これまでこの人は、持病をかかえてまで家族のために献身的に働いているというパーソナリティを創っていました」
宇宙人は、声を発しているのではないが、なにを言いたいのか解る。
「ところが、その持病が献身的に働けないほど重くなってしまったのです。なぜだかわかりますか?」
参加者は、ぜんいん首をふる。
「家族をもった男とはどうあるべきか、の定義が信念化し、さらに性格にまでなり、とうとうDNAにまでなったのです。このように、始めは理性にあった、ただのデータだった観念が物質にまで深化していったのです。継続的に肉体化し始めたので、経口薬で痛みを麻痺させていたのですが、病状を緩和させる方法を知らないので、このままいけば、外科的な手術をして自分の信念を表現する肉体の部分を取り除いてしまうことになるのです」
「はい、いいですか? あなたがたは、観念という部分的な思考が大好きです。非常に限定的で分離した物の観方です。ですから、肉体の一部に、その観念に応じた波動の状態が表現されるのです、いいですか?」
「では、この数字を250から350に変えてみましょう」
パネルに映し出されていた黒い影がほとんど見えなくなった。
「はい、どうですか?」
被験者にたずねた。
「痛みが、なくなりました。ごりごりした感じも」
「はい、そして、なにを思いますか?」
「わたしは、健康だ。おもしろい仕事がしたい・・・」
「わかりますね。胃潰瘍のない状態の考え方がどんなものか。ええっと、それでは、ーー数値は元に戻しますか?」
「ダメです。このままにしておいてください!」
参加者ぜんいんが笑った。
「もう、いいんですか? 病気をかかえてまで家族を支えていかなくても」
宇宙人も皮肉を言うのだ。
「家族を支えるのに病気が必要なわけじゃないことがわかりました」
「むりしなくて、いいんですよ。わたしたちは、どちらでもいいですから」
「むりじゃないです。ちょうど考えを変えようとしていたところなんです」
また参加者ぜんいんが笑った。
「では、その高さの波動に焦点を当て続けてください」
「え、は、はい」被験者はすこし戸惑いを見せた。
「どうですか、いままでの自分がどこかに行きましたか?」
「いいえ。ちゃんとここにいます」
「定義や信念の枠を広げ、波動を上昇させても、あなたはあなたなのです。個性が失われることはありません」
「このように、ヒーリングとは、心と体の両方を同時にやることなのです。心を癒すと共に、肉体を医やすのです。というより、同じものなのです。どちらも波動なのです。心と体は相互作用しています。ただし、方向があります。心から肉体には行きやすいですが、肉体から心には行きにくいのです。つまり、病気が治ったからといって、心(意識)が変わるわけではないということです。わかりますか? あなたがたの世界では、肉体を切り取ることを病気が治ったと表現しますね。パソコンにつないでいたモニターを切り離すようなものです。パソコンそのものの不具合がなくなったわけではありません。パソコン側のプログラムを調整し正常にすることで、正確に動作し、モニターでその様子が確認できます。わかりますね」
あまりに簡単な理屈だったので、肩透かしを食らったような気がしないでもなかった。誰でも知っていることをちょっとトリックを使って説明しただけにも思えた。けれども、この簡単なことを自覚していないから、病気というものがあるのだろう。そして、この考えに基づかない病院や医療システムが構築されている。部分的で専門的で、肉体化されたものだけを扱う。わたしたちは、知っていることを知らないかのように行動するのが好きだ。
そしてまた、心の病気というものは、要するに、パソコンのOSを動かすためのプログラムの一部に不調和があるということなのだろう。それが、分離的で、自己否定的な観念というものかもしれない。
そんなことを考えていると、宇宙人が言った。
「はい、もうあなたがたは、ヒーリングのやり方を修得しました」
ええ? と思った。
具体的なエクササイズはしないのか。
「必要ありません」
わたしの心を読んだのか、うしろにいた別の宇宙人が言った。この人は、女性的な雰囲気を感じる。
「簡単にできます」
「すでに、あなたに限っていえば、やられています」
「ええ、まあ、そうですが・・・」
「あなたは、宇宙の愛を受け入れるだけで、健康でいることを知っていますね」
「おぼろげに・・・」
「それは、どういうことですか?」
宇宙の愛を受け入れる。それが、どういうことかとたずねているのだ。あらためてそう質問されると、答えに窮する。
「グラビトン体操というのをやっています。手抜きの、し放題ですが・・・」
「あれは、心を開いて愛のエネルギーを受け入れるという許可証になっているのです」
「やらなくてもいいのですか?」
「必要はありません。やりたければ、かまいません」
「愛のエネルギーを受け入れるには」と宇宙人が言った。「あなたが宇宙に愛を放つのです」
「どうやって?」
「なにもすることはありません」
「ただ、あなたが、自分が愛であることに感謝しさえすれば、それで循環が始まります。愛のエネルギーの輪が回転するのです」と言った。優しい母親のような感じがした。「なにごとも、その状態でやってください」
わたしは、腕のあたりの細胞が活性化されたような感触をおぼえた。
人間にとって最高にすばわしいことを得るには、たいへんな苦労をしなければならないといった類いのあらゆる観念が、ふっとんで行ったような気がした。
「てのひらを塔を建てるように合わせて、三角錐を作るとそれが発信機の役割をするので、やりやすくなりますよ」
そんなことを聞いてしばらくすると、こんどはこっちで目が醒めた。
眠りっていったい?
