不思議なことに、自分を卑下している傲慢者には、自信が傲慢に見えるものらしい。まあ、当然か。
さて、宇宙にはひとつの法則がある。
それしかない。
なぜかと言えば、宇宙にはひとつの意識しかないからだ。
あらゆる側面、あらゆる次元、あらゆる階層を内包した意識である。
これを<おおいなるすべて>と呼ぶことにする。
私、というのは、<おおいなるすべて>にある<部分>という側面が、部分という観念を創り出し、そのひとつに焦点を当てている、ある個別の意識ということになる。
まず、このことが理解できないなら、スピリチュアル・ティチャーの看板は降ろした方が身のためだ。
これが解らぬのに客を増やせば、あなたが望まないと言っている余計なカルマを創り出すことになる。
個別の意識は、分離していると意識しているが、実は何者からも離れていない。始めから終わりまで、一体のままだ。
つまり、ある個意識とは、<おおいなるすべて>のある側面を経験している貴重な意識であるということだ。
顕在意識的、3次元的、分離的、排他的、意識だ。不安や非力感の色彩が強い。
ここまで分かった上で、因果応報に移っていく。
出したものを受け取る。
古来、様々な言い方で伝えられてきた法則だ。
ひとつの意識、すべてが一体であるから、このことは当然のことだ。
私が私に出しているのだから、私が受け取るしかありえないではないか。
これをカルマと呼ぶ者もある。
そしてこれは、過去の行ないにとどまらず、過去世での因果すらあると説明する。
それは、もし当人が望んでいるとすれば正しく作用する。過去世での行ないとバランスを取るために、あえて反対の経験をすると決めて生まれてきている時にはそのような現実を創り出す。
たとえば、過去世で、修道僧かなにかをやっていて、教会に都合の良い教義を人々に与えて洗脳し、カルマの教義で脅しておとなしい奴隷にしていた人が、今世で『カルマなどというものはありません』と説いて回ったり、カルマのない生き方をしているということだ。
あるのは、いまだ。
いま、どこにフォーカスしているかだけだ。
いまフォーカスしている周波数が、過去も現在も未来も創る。
いまを創る。
過去も現在も未来も、いまだ。
在り方が現実を創ると言い換えても同じことだ。
いま、過去世よりも高い選択をするなら、ーーもし生前に設定してきていたとしても、過去世の償いもする必要はなくなる。
より高次の周波数(在り方)が自分だと思えば、自ずと、あたりまえに人を愛し、真理を友として、人を助けることなく助けるだろう。償いの必要もなくなるのは当然のことだ。
さっきまで選んでいた周波数を選んでいるあなたも、どこかのパラレルリアリティには、依然として存在しているかもしれない。
けれども、いまここのあなたが、より高い(高いに限らず低いものでも)周波数を選び直せば、過去が変わる。そうすれば過去世でのカルマも変わるので、その結果を受けとる必要もなくなる。
いま起きてきている結果を過去や過去世の結果だと、それが原因だと信じるのは勝手だが、そうなれば現在の自分ではどうすることもできなくなるではないか。
特殊な能力を持つ者に、なんとかしてもらわなくてはならなくなる。
わたしは言おう。
なぜ、<おおいなるすべて>があなたを苦しませ、呪うようなことをするか、と。
そして、どうしようもないことを創り出し、それを解除できる特別な者だけが、あなたを解放してくれるような仕掛けを創るのか。
<おおいなるすべて>は、愛そのものだ。<おおいなるすべて>の送り込むことすべてを愛として受け取るか。それが問いだ。なりたい自分になる機会だと取るか。それは挑戦ともいえる。
それをもし、因果を絶ち切り、悪い結果をなくしてからでなければ、なりたい自分にはなれないと受け取るのであれば、あなたがいま、自分ではできないことがたくさんある、どうしようもない力に翻弄されている被害者だという意識に焦点を合わせているからである。
それだけにすぎない。
あなたには、いま、焦点を合わせ直すことで、過去も未来も変える力があることを約束しよう。
いま、どうであることを望み、選ぶか。
あなたは、常にその選択をしている存在だ。
そしていま、宇宙の中では比較的、低い周波数を選んでいるのにすぎない。
ほんのすこし高い周波数に焦点を当てたなら、過去世でのカルマなど、存在しない。
いま、あなたが焦点を当てていることが、あなたの思考、言葉、行動として現れ、健康や状況を創り出す。
そのことを知っておきなさい。
信じたり、当然だと思うには、時間がかかることだろう。
時間があるという世界に住むことを選んでいるから。
だが、あなたの選んでいる意識の世界は部分にすぎない。あなたが創り出した部分だ。
あなたがたの言い方をするなら、時間のない世界の方がたくさんある。
そこに焦点を当てれば、とたんに選んだ意識が現実化するだろう。
すこしは、より戻しはあるだろうが。ハハハハ。
いまどこいるかを選び直せば、過去が変わる。変われば、因果応報も変わる。
したがってあなたがすることは、自分の経験や他人の話しから、より高い信念、より高い周波数、崇高な側面を観る、より高い在り方とはどんなものか学び、知ることだ。そして、そのように在り、生きることだ。捨てるのではない。すべてを容認し、最善を選ぶということだ。目的が高くなれば、最善もかわる。
このことを受け入れられるまで、さまよい続けなさい。いずれ戻ってくるのは、ここだと知っているから。
次の瞬間、戻るか、それとも次の世まで持ち越すか。
それを決めるのはあなただ。安心しなさい。<おおいなるすべて>は、どちらでも受け入れている。どちらを選ぼうがすでに結果は両方存在している。選んだ方があなたの未来だ。どちらでもよい。時間がかかる意識にとどまるか、かからぬ意識にいるか、どちらでもあなたなのだ。
