清濁合わせ呑んで聖を選ぶ。

地に足をつけて星を見上げる。

ハレ、ケ、ケガレのどれも楽しむ。

全ての側面を認めた上で、最高の側面を観る。

こういったことをテーマに生きている。


そんな私からすると、

女性性と男性性の女性性しか認めない。

右脳と左脳の右脳しか認めない。

天使と悪魔の天使しか認めない。

聖と俗の聖しか認めない。

自由と束縛の自由しか認めない。

そういう人こそ、汚濁していて、悪魔的で、独善で、侮辱的で、差別的で、傲慢で、囚われていて、ヒステリックで、低俗で、ネクラに観える。

かれらには私の濁の側面、世俗的な側面ばかりが目に付き、鼻について仕方がないふうであるが、かれらこそ自分の側面の半分を認めていない半分人間なのではないかと思うが、いかがだろうか。

本当に高い側面にフォーカスしている人なら、すべてを容認しているはずではないか?

聴いてるか? 未熟なスピリチュアル・ティチャー。

一等先に返済しなくてはならないカルマがあるとすれば、カルマの返済があるというカルマではないか?

そんな重大なカルマを人々に背負わせて回っている重篤なカルマを背負ったあなたがた、

私は、そんなあなたがたも容認しようではないか。そして育ててあげよう。