5次元だのアセンションだの言いますが、べつにたいしたことではないと思います。私にとって、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、書籍、映画、舞台、会社、工場、ピグ、ブログ・・・。どれも遊び場がちがうだけだと思います。どれが優れているというわけでもなく、遊び方がちがう。メインをどこに置くかは人によってちがうとしても、お砂場にちがいはありません。
いままで制限の多い中でいかに速く、高く、遠く、美しく、神聖であれるかを競っていたふうだけれども、たとえば、水泳の北島選手が再び世界記録で50メートルを平泳ぎしても、プールサイドの私は彼より速く走ることができる。わざわざ水の中で、それも不自由な格好で到達するのを楽しんでいた。つまりそれが3次元のプレールームの楽しみ方だったんだと思います。これからは、もうすこしバーチャルな領域が広がって、そこでも楽しむことができるというだけじゃないか。いわば5次元のプレールームでは無重力状態を作ったり、丸くて柔らかい遊具の上をポンポン跳ねたり、想像したことが画面に映し出されて、それが3次元世界の現実として認知される頻度が増えたり、これまでとは違った遊びを体験できる。ただそれだけのことじゃないかと、思う。しかつめらしい顔をして、5次元に移行しなくちゃなんて肩に力を入れるほどのことでもない。と思います。
もっと3次元の遊びを続けたい、という人はそうすればいいし、飽きたから別の遊びをと望む人はそっちに行けばいいと思います。どっちが優位ということもないんではないでしょうか。3次元でおもいっきり遊ぶには、忘却が必須になりますから、わざわざ目をこじ開けたり、耳をかっぽじったりしてまで『真実』を伝える必要はないのです。そっちの選択者も、ちゃんと寝た子を起こされないように、拒否して『現実』を主張しますから、それにいちいち落胆することはありません。夢の中で夢をみ続けるのも、それなりにドラマチックでよろしい。おおいに楽しまないと、5次元のプレールームへのパスポートは発行されませんから、つまり3次元プレールームがイヤだから替わりたいといっても、入室を許可されない。それは、就職する時も、転職する時も同じではないでしょうか。もうイヤでイヤでたまらないのが、その裏でこれがやりたくて仕方がない。思う存分やるんだ、今よりもっとやるんだという思いが支えていなければ続かないのと似ているのかもしれません。いや、もっと軽いものかもしれません、あ、おもしろそ、そっちに行くわ、と尻軽に乗り換えられるものかもしれません。なにせ、軽さとスピードが特徴の世界のようですから。
職場を生活給を稼ぎ、出世をして、人生の勝者になる場と捉えるか、ここはお砂場だ。どうやって楽しもうか、と捉えるか。前者が3次元的で後者が5次元的かと思います。5次元的になったらば、昇進のために自分に加えていた制限を外して、なんでも好きなようにやれると思います。そして、その上、もしかすると昇進のスピードが増すかもしれません。横の課、隣の事業部、関連会社の社員も自分の愛すべき仲間と観えてくれば、それどころか下請け業者、ライバル会社まで共に繁栄するために働いている同士だ、と観ることができれば、これまで想像もつかなかったことができるようになります。役員も社長も、共存共栄のために尽力している人たちだと自分の仕事に巻き込んでいくことができれば、どれだけおもしろい仕事が実現するというのでしょう。実際、私は、平社員時代に、得意先の社員になったり、ライバル会社と共同プロジェクトを組んだり、本部長でもできない決済を社長にさせたりしていました。平社員のくせに部長のようだ、と笑われていたくらいです。話が全部上に通り、受諾され、最大最高の協力を陰に日なたにやってもらいました。本当に胸躍る経験でした。そういうのがこれからはもっとやりやすくなることでしょう。
たとえて言うなら、これまでの世界は100点満点で、おなじ100点のちがいが判別できなかった。ところが、上限が外れて上に押し上げられたから、500点満点くらいになった。そうすると、同じ100点だったのが、ひとりは380点になり、もうひとりは100点のままだったというように、もっと高みに昇る経験ができるということではないかと思っています。ほんの数年前までなら、百年にひとりの天才しかなしえなかったことが、平気でできるようになる時代なんじゃないかと思っています。それもこれも5次元のプレールームの作り出す現実にすぎないのかもしれませんが。