ちょっと気になるんですが、自分の中のマイナス面を除去しようとする人があります。欠点とか、思い癖とか、ネガティブ思考とか・・・。そういうのって、大事な大事な財産ですよ。これまでの魂の経歴をメモリーしているんですから。敵視するより、むしろ労ってあげた方が好いくらいだと思います。悪者にするなら、自分の人生そのものを否定しているようなものです。そういうのを奥に奥に辿っていくと、なぜそんな信念がるのか観えてきます。ゆっくりでいいです。浅いものはすぐに見つかります。エゴとか嫉妬とか。けれど深いところ、まさに私を私たらしめている、性格にまでなりすました認識は分かりにくいです。じっくり自分と向き合うためにとっときましょう。いつも、これナンかなあ、どっから来てるんかなあ、と思っといて、人と話したり、本読んだり、映画観たり、飯食ったりしている時に、はたと、これか! と気づく楽しみ。うすうす、おぼろげには分かりかけているけれども、確信までいかないときの中途半端な気分、これもまたおもしろい。ひとつひとつ分かっていくと、自分の魂のたどった道、痛み、まだ癒されていなかったことに気づきます。マイナス面は、自分が本当は何者か知らせるポイントです。それに至る入り口なんです。でも、あまりに根深くて独力ではどうしようもない時は、外科手術的な処方もアリだと思います。いわば鏡です。自分の鼻は自分では見えませんから。
そんなことをしながらも、長所を伸ばした方が好いと思います。才能を伸ばしていく。才能なんてない、という人はその信念はどこから来ているのかを探ることから始めた方が好いかもわかりませんが、ともかく、自分の好きなところ、得意なところを伸ばしていく。そうしていくと、マイナス面も気にならない。あったとしても愛嬌にかわる。そしてその内、なくなる。そんなマイナスがあったなんて信じられなくなるし、本当にそんなものがなかった自分になるのではないでしょうか。そのネガティブな信念を持った歴史をもたない別人格の自分に移行するんです。本当に移行します。ああ、元々なかったのに、わざわざつけていたんだな、と分かります。つける必要がないのに、あえてつけていただけなんだ。パッと手放しさえすれば、それがない自分、元々の自分に戻れるんだ。そのことを忘れて、バッジとか勲章みたいにつけて、そういう自分になりすましていただけなんだ。と知れば、えてして、なりたい自分になる遊びが楽しくなります。新しい、高度な、より大きな選択をすることで、それを持つことで、機能不全させていた信念は手放せるでしょう。そうすると、深刻な自分を裏で笑いながら演じている自分が観えてくるようになるでしょう。三次元世界を舞台にした、私たちは役者なのですから。
