誰かと相対(あいたい)した時、周波数のちがいを感じます。さて、この時、ちょっと思うことがある。以前は、なにも感じず、この人は役職が上だ、年齢が上だ、社会的評価が上だ、などでいつもいつもへりくだっていれば事足りたのですが、どうも、そういった表面的な差違でなく、この人の温度は41度で、この人は13度だ、自分は26度だ、という具合にひとりひとりとの差異を覚えるのです。自分の周波数が低い時は構わないのですが、高かった時が、ちょっと問題です。優越感に似た感情がわくのです。高みから、上から物を言っているような気になってしまうのです。ストレートに言えば言うだけ、そんな気分になります。相手も、ニヤニヤしながら「なんや偉そうに」と表明します。自分が低ければ、この人から学ぼう、そう決めているのでスムーズです。劣っているとは思いませんが、素直に学ぶことができます。ところが、自分の方が高いと感じた時、教えようとするのは、おこがましい気分になるのです。かといって謙遜も謙譲も卑下もするつもりはない。それでは全く対等ではなくなりますから。とりわけ、社会的地位が自分より上ということになっている人が、実は周波数が低い、と気づいた時、あちゃっという気になります。さすがにこの年齢になったので「生意気だ」とは言われません。(実はそう言われるのが好きである。若い人が自分にタメぐちをきいてくるのが好きである)けれど相手は、そのギャップを埋めようとしてか、自分のプライドを取り戻そうとしてか、あの手この手で反論してきたりする。その様子を見ていると、どよんと暗い気分が漂います。それでもう、なにも判断せずに、思うままに接することにしました。直感の世界です。なるようになるだろう、楽観的にそう思います。同じ霊として、意識として、存在として尊重するのはベースとして、私は私であるだけだ、そう自分の芯に意識をもっていきます。けれどもおそらくは、3度とか800度の人は、私に寄ってこないし、私も近づくことができないにちがいない。だから、私に縁のある人は、どうせたいしてちがわないにちがいない。友達だ。そう思うと全く楽である。