「男女の友情は成り立つ」
トッポがそんなことを言い出したのは、きっかけがあったからでもなく、いわば内側から自然とわいて出た蛆虫のようなものであった。
ヤプーが店から戻ってくる間に、ちょっとだけ、3年ほど時間を進めてトッポの成熟ぶりを覗いてみよう。
16さい、高校一年生。そろそろトッポの片鱗が芽生え始めていた。
「分け隔てなんかしない。相手に合わせて好きになることができる。自分には、人間的な愚かな恋愛はできない。なぜ、一人を特別な存在と見なし、他の人とは切り離して扱うのか? みんな好きでいいじゃないか」
この思いをもらす親しい友人はいなかったが、トッポはこの思いを人類史上、至高のものと置いた。そうして、好きとか嫌いとか騒ぎ、落ち込んだりはしゃいだりしている同級生を横目に見やり、密かにあざけっていた。
この見方を思い出した時から、彼女の人生の続きがスタートしたと言ってよかった。
「恋とか揺れる想いとか、冬の逃避行だの、言葉は美しいかもしれないけれど、そんなの結局は、粘膜に好奇心を持ってるだけだろ」
「どういうこと、それ?」
休み時間にたむろして、女子の噂をしている男子生徒らを見て、思わず口をついて出たトッポの言葉を隣席の女子生徒が聞きつけた。団子鼻、ニキビづら、しもぶくれ、そして赤縁めがねの向こうの腫れぼったいまぶたが、じっとトッポを見ていた。
「あ、いやあ、まあ、なんというか」
トッポは、言葉を濁しながら、そんなことも想像できないのか、と胸くそのわるい思いを感じて、そしてまた別の部分ではあざけり笑っていた。しかしこういった生意気で斜に構えたトッポの考えを正確に理解し、的確な批評をすることによって彼女を黙らせ反省をうながす者が出てくるのは、大学入学そして『あざみ』への参加まで待たねばならなかった。
「なんかヤダ。なんか、いけすかない」
この時のクラスメイトは、苦虫を噛んだように顔をしかめてそう言った。
「あんたから出てくるもの、ぜんぶなんかムカつく」
--感情的なやつだ。
けれどもそれを聞いてトッポは、相手の愚かさをこそ責めた。女だからって、こいつとは、金輪際、会うことも話すこともない。そう決意し、机と机の間に、線を引いた。そしてこれ以来、トッポは自分の考えをおおやけに放つことはなかった。そのせいでトッポは無口で暗い少女と見なされることになったのであるが、これを可憐でしおらしい姿だと受け取る男子生徒もいて、ラブレターをもらったこともあった。
ジーンズ生地をデザインした横長の封筒を見て、トッポは相手の趣味をすべてわかった気がした。この封筒の中身を書く時の男子生徒の一本気で真剣な様子が見えた。手紙に書かれた情熱と封筒に込められた相手の想いが湯気のように立ちのぼっていた。封筒のどこに唇がつけられたかさえ。そしてさらに、当の相手である自分には目もくれず、下半身の言いなりになっている男のオドオドしい態度を厭わしく思った。
股間の粘膜。--こんなもの、いくら貸してやってもいいのだけれど、男子生徒のmeへの熱い想いが疎ましい。よけいな感情など雑(まじ)えず、ただ淡々となんの意味も持たせずペニスを出せばいいものを。そうしたら、なんでもしてやる。口の粘膜も、胸の粘膜も、目や鼻のもぜんぶ使って。トッポはそう思った。そして、この思いが相手に届くことを願った。夏の夜の群青色の空を見つめながら。
返事をくれ、
一週間も経った頃、男子生徒が友達を介して伝えてきた。ほうら、そんなドキドキ感。それが余計だというのだ。この伝令役の男子の向こうに、気もそぞろの相手が見えた。自分で聞きに来ない勇気のなさなど問題ではなかあった。『恋』に惑わされている愚かさが鼻につく。
「忘れてた」
トッポは、こともなげに言った。「まだ、読んでない」
「それは、アウトってことか?」
「想いがこもってて・・・。開けられない」
嫌悪感を込めた、精いっぱいの皮肉だった。ところがこれは、逆の意味でくだんの男子生徒に伝えられた。実際、その言葉はか細い声で力なく述べられたので、悪意を読み取るにはいささか無理があった。
みつきもこのラブレター事件はひきずることになった。どうして、自分には分かる相手の想いの湯気が相手には見えないのか。トッポは、歯がゆい思いをした。秋も深まった頃、くだんの男子に呼び出された。
「ごめんなさい」
トッポは謝った。
「そうか・・・」
男子は肩を落とした。声は沈んでいた。
なにを納得したというのか、とトッポは腹を立てる準備をした。ボクは--、トッポは自分のことをそう呼ぶ、--あなたの恋を受け入れることはできないとか、想いに答えられないといって謝ったのではない。
「わかったよ、俺が就職もしてないし、魅力もないからな」
男子生徒は言った。
「遊びだと思ってるんだろ? 本気なんだ、俺、おまえのこと」
それを聞いた時、トッポは、本当に吐瀉しそうになった。嘘をつけ。おまえに、meの何がわかるというのか? ただ粘膜が欲しいだけのくせして。この顔が、この顔がたまたまかわいらしく、色白で、まるでお姫さまみたいに生まれついているからといって、その顔を拝みながら下半身の粘膜同士ををこすり合わせたらどんなに快楽に溺れられるか、そんな欲情をしているだけじゃないか!
トッポは、思わずそう叫んでしまうところだった。
「ごめん、・・・なさい」
けれども、口から出たのは、まだ未熟な、男子の熱い情熱を包容するには青すぎる少女の可憐な拒絶だった。うつむきかげんに言った。
「わかった・・・」
男子生徒は暗い顔をした。わかっただって? なにがわかったというのだ。肩を落としている男子の前でトッポはますます毒づいた。イチョウの木の葉は、まだ淡い緑をしていたが、寒さはふたりの唇を震わせた。
「じゃあ」
男子生徒は、手を振って自転車に乗った。吐く息は白くけむっていた。あらかじめ引き際をあっさりしようと目論んでいたことが、トッポには手に取るようにわかった。それがまた鬱陶しく感じられた。
この事件があってから、トッポは日記を書き始めた。人には言えぬ、崇高で気高い思想をしたためるためである。そしていつしかそれには、絵がつき、漫画へと発展していくのだった。
トッポがそんなことを言い出したのは、きっかけがあったからでもなく、いわば内側から自然とわいて出た蛆虫のようなものであった。
ヤプーが店から戻ってくる間に、ちょっとだけ、3年ほど時間を進めてトッポの成熟ぶりを覗いてみよう。
16さい、高校一年生。そろそろトッポの片鱗が芽生え始めていた。
「分け隔てなんかしない。相手に合わせて好きになることができる。自分には、人間的な愚かな恋愛はできない。なぜ、一人を特別な存在と見なし、他の人とは切り離して扱うのか? みんな好きでいいじゃないか」
この思いをもらす親しい友人はいなかったが、トッポはこの思いを人類史上、至高のものと置いた。そうして、好きとか嫌いとか騒ぎ、落ち込んだりはしゃいだりしている同級生を横目に見やり、密かにあざけっていた。
この見方を思い出した時から、彼女の人生の続きがスタートしたと言ってよかった。
「恋とか揺れる想いとか、冬の逃避行だの、言葉は美しいかもしれないけれど、そんなの結局は、粘膜に好奇心を持ってるだけだろ」
「どういうこと、それ?」
休み時間にたむろして、女子の噂をしている男子生徒らを見て、思わず口をついて出たトッポの言葉を隣席の女子生徒が聞きつけた。団子鼻、ニキビづら、しもぶくれ、そして赤縁めがねの向こうの腫れぼったいまぶたが、じっとトッポを見ていた。
「あ、いやあ、まあ、なんというか」
トッポは、言葉を濁しながら、そんなことも想像できないのか、と胸くそのわるい思いを感じて、そしてまた別の部分ではあざけり笑っていた。しかしこういった生意気で斜に構えたトッポの考えを正確に理解し、的確な批評をすることによって彼女を黙らせ反省をうながす者が出てくるのは、大学入学そして『あざみ』への参加まで待たねばならなかった。
「なんかヤダ。なんか、いけすかない」
この時のクラスメイトは、苦虫を噛んだように顔をしかめてそう言った。
「あんたから出てくるもの、ぜんぶなんかムカつく」
--感情的なやつだ。
けれどもそれを聞いてトッポは、相手の愚かさをこそ責めた。女だからって、こいつとは、金輪際、会うことも話すこともない。そう決意し、机と机の間に、線を引いた。そしてこれ以来、トッポは自分の考えをおおやけに放つことはなかった。そのせいでトッポは無口で暗い少女と見なされることになったのであるが、これを可憐でしおらしい姿だと受け取る男子生徒もいて、ラブレターをもらったこともあった。
ジーンズ生地をデザインした横長の封筒を見て、トッポは相手の趣味をすべてわかった気がした。この封筒の中身を書く時の男子生徒の一本気で真剣な様子が見えた。手紙に書かれた情熱と封筒に込められた相手の想いが湯気のように立ちのぼっていた。封筒のどこに唇がつけられたかさえ。そしてさらに、当の相手である自分には目もくれず、下半身の言いなりになっている男のオドオドしい態度を厭わしく思った。
股間の粘膜。--こんなもの、いくら貸してやってもいいのだけれど、男子生徒のmeへの熱い想いが疎ましい。よけいな感情など雑(まじ)えず、ただ淡々となんの意味も持たせずペニスを出せばいいものを。そうしたら、なんでもしてやる。口の粘膜も、胸の粘膜も、目や鼻のもぜんぶ使って。トッポはそう思った。そして、この思いが相手に届くことを願った。夏の夜の群青色の空を見つめながら。
返事をくれ、
一週間も経った頃、男子生徒が友達を介して伝えてきた。ほうら、そんなドキドキ感。それが余計だというのだ。この伝令役の男子の向こうに、気もそぞろの相手が見えた。自分で聞きに来ない勇気のなさなど問題ではなかあった。『恋』に惑わされている愚かさが鼻につく。
「忘れてた」
トッポは、こともなげに言った。「まだ、読んでない」
「それは、アウトってことか?」
「想いがこもってて・・・。開けられない」
嫌悪感を込めた、精いっぱいの皮肉だった。ところがこれは、逆の意味でくだんの男子生徒に伝えられた。実際、その言葉はか細い声で力なく述べられたので、悪意を読み取るにはいささか無理があった。
みつきもこのラブレター事件はひきずることになった。どうして、自分には分かる相手の想いの湯気が相手には見えないのか。トッポは、歯がゆい思いをした。秋も深まった頃、くだんの男子に呼び出された。
「ごめんなさい」
トッポは謝った。
「そうか・・・」
男子は肩を落とした。声は沈んでいた。
なにを納得したというのか、とトッポは腹を立てる準備をした。ボクは--、トッポは自分のことをそう呼ぶ、--あなたの恋を受け入れることはできないとか、想いに答えられないといって謝ったのではない。
「わかったよ、俺が就職もしてないし、魅力もないからな」
男子生徒は言った。
「遊びだと思ってるんだろ? 本気なんだ、俺、おまえのこと」
それを聞いた時、トッポは、本当に吐瀉しそうになった。嘘をつけ。おまえに、meの何がわかるというのか? ただ粘膜が欲しいだけのくせして。この顔が、この顔がたまたまかわいらしく、色白で、まるでお姫さまみたいに生まれついているからといって、その顔を拝みながら下半身の粘膜同士ををこすり合わせたらどんなに快楽に溺れられるか、そんな欲情をしているだけじゃないか!
トッポは、思わずそう叫んでしまうところだった。
「ごめん、・・・なさい」
けれども、口から出たのは、まだ未熟な、男子の熱い情熱を包容するには青すぎる少女の可憐な拒絶だった。うつむきかげんに言った。
「わかった・・・」
男子生徒は暗い顔をした。わかっただって? なにがわかったというのだ。肩を落としている男子の前でトッポはますます毒づいた。イチョウの木の葉は、まだ淡い緑をしていたが、寒さはふたりの唇を震わせた。
「じゃあ」
男子生徒は、手を振って自転車に乗った。吐く息は白くけむっていた。あらかじめ引き際をあっさりしようと目論んでいたことが、トッポには手に取るようにわかった。それがまた鬱陶しく感じられた。
この事件があってから、トッポは日記を書き始めた。人には言えぬ、崇高で気高い思想をしたためるためである。そしていつしかそれには、絵がつき、漫画へと発展していくのだった。
