『赤い花』という名のサークルに、ヤプーは属していた。もともとは、植物生命研究所『あざみ』だったのだけれど、ヤプーの入る13年ほど前に思想というか方針のちがいから、袂を分かったのだ。それよりさらに5年くらい前からひきずっていたサークル内にできた2つの流派、つまり、出荷用にならないからといって、林檎や梨やキャベツを虫のついたまま畑の隅に放置するのは、植物に対する虐待行為であるとして、植物保護を訴えるグループと花の癒し効果に着目した一派の分裂である。
ヤプーのいる『赤い花』がどんな活動をするかといえば、たまに、幼稚園の芋掘りとか行政や会社の植樹式に呼ばれたりしはするが、いつもはお節介にも花のつく野草を空き地に植えて回ったり、鉢植えにされた花に囲まれてへたくそなギターリサイタルを開いたり、アーケード商店街で押しつけがましく花を配ったり、葬式に白と黒の紙で造った自前の花輪をもって行って参列したり、まあたいていはその時どきの思いつきで何とか退屈しのぎをしていた。
ヤプーの入った年の4月にあったサークル始まって以来の最大の活動は、ある地場企業の開催する50年祭だったが、公のイベントに呼ばれたからと部員達は社会人の真似事なぞしてスーツにネクタイを締めていそいそと出かけたのだけれども、樹木用の穴を掘らされたり、立て看板用の花を赤と白のティッシュで造らされるのにコキ使われたりしただけだった。
『あざみ』の方は、集団で花屋に押しかけ、まだ、綺麗に咲いている花を商品にならないからといって、早々にディスプレイから下げて、ごみ箱に放り投げるのは、「植物虐待だ!」とメガホンで叫びまくり、まだしおれていない高価な花をタダで回収し、それを葬式屋にもちこんで『里子』に出し、ちゃっかり部費を稼いでいた。またある時は、拡声器をかかえてわざわざ嬬恋まで出かけ、誰もいない広大なキャベツ畑で無数に飛び交うモンシロチョウに向かってこう抗議したそうだ。「植物にも権利を! 農薬をまくな! 野菜を噛んで食うな! ベジタリアンはくたばってしまえ!」
本流をひきつぐ『あざみ』は、文化部会を脱退し、といっても勧告をうけたあとだったが、アパートの一室を根城にするようになった。それで『赤い花』は、取り残された形で大学構内にある部室を使う権利を独占して有することになった。
その部室めがけて、ヤプーは飛び込んだ。コーヒー色の『資本主義と分裂症』を小わきにかかえて。
「あ、ふ、たいへんだ、たいへんだ、は、ふう」
アーケード商店街からここまで歩いて18分といったところで、散歩するには恰好の道程であったが、ヤプーはこれを4分ジャストで走り抜いた。息を切らしているような話しぶりであったが、実は、走ったからではなく、驚いて興奮していたからだった。部室には数人の部員がいた。
「なにがあ?」
「たいへんなんだ!」
ヤプーは、コーヒー色の『資本主義と分裂症』を振り回しながら息急き切って訴えた。
「エビが鯛で釣れでもしたか?」
「ミイラ取りがミイラになったでしょう、あれ?」
「いや、ちがうんだ、Tシャツが、Tシャツが!」ヤプーは昂揚して言葉を継げない。
「Tシャツが、鳩にでもなったか」
「80円なんだ」
聞いた全員がキョトンとした。自分たちの洒落より面白くなかったからだ。
「それがどうした」
「かね、金貸せ」とヤプーは大慌てで言った。「か、かね」
ヤプーのいる『赤い花』がどんな活動をするかといえば、たまに、幼稚園の芋掘りとか行政や会社の植樹式に呼ばれたりしはするが、いつもはお節介にも花のつく野草を空き地に植えて回ったり、鉢植えにされた花に囲まれてへたくそなギターリサイタルを開いたり、アーケード商店街で押しつけがましく花を配ったり、葬式に白と黒の紙で造った自前の花輪をもって行って参列したり、まあたいていはその時どきの思いつきで何とか退屈しのぎをしていた。
ヤプーの入った年の4月にあったサークル始まって以来の最大の活動は、ある地場企業の開催する50年祭だったが、公のイベントに呼ばれたからと部員達は社会人の真似事なぞしてスーツにネクタイを締めていそいそと出かけたのだけれども、樹木用の穴を掘らされたり、立て看板用の花を赤と白のティッシュで造らされるのにコキ使われたりしただけだった。
『あざみ』の方は、集団で花屋に押しかけ、まだ、綺麗に咲いている花を商品にならないからといって、早々にディスプレイから下げて、ごみ箱に放り投げるのは、「植物虐待だ!」とメガホンで叫びまくり、まだしおれていない高価な花をタダで回収し、それを葬式屋にもちこんで『里子』に出し、ちゃっかり部費を稼いでいた。またある時は、拡声器をかかえてわざわざ嬬恋まで出かけ、誰もいない広大なキャベツ畑で無数に飛び交うモンシロチョウに向かってこう抗議したそうだ。「植物にも権利を! 農薬をまくな! 野菜を噛んで食うな! ベジタリアンはくたばってしまえ!」
本流をひきつぐ『あざみ』は、文化部会を脱退し、といっても勧告をうけたあとだったが、アパートの一室を根城にするようになった。それで『赤い花』は、取り残された形で大学構内にある部室を使う権利を独占して有することになった。
その部室めがけて、ヤプーは飛び込んだ。コーヒー色の『資本主義と分裂症』を小わきにかかえて。
「あ、ふ、たいへんだ、たいへんだ、は、ふう」
アーケード商店街からここまで歩いて18分といったところで、散歩するには恰好の道程であったが、ヤプーはこれを4分ジャストで走り抜いた。息を切らしているような話しぶりであったが、実は、走ったからではなく、驚いて興奮していたからだった。部室には数人の部員がいた。
「なにがあ?」
「たいへんなんだ!」
ヤプーは、コーヒー色の『資本主義と分裂症』を振り回しながら息急き切って訴えた。
「エビが鯛で釣れでもしたか?」
「ミイラ取りがミイラになったでしょう、あれ?」
「いや、ちがうんだ、Tシャツが、Tシャツが!」ヤプーは昂揚して言葉を継げない。
「Tシャツが、鳩にでもなったか」
「80円なんだ」
聞いた全員がキョトンとした。自分たちの洒落より面白くなかったからだ。
「それがどうした」
「かね、金貸せ」とヤプーは大慌てで言った。「か、かね」
