昭和とはシリーズの九回目を読んで、
『なんだ、世間知らずの無垢な教師を責めて、
いかにも自分が被害者みたいな書き方をしているが、
お前だって、タダでゲームをしているじゃないか。
自業自得だよ』
そう思われた方、正解です。
『ちゃんと帳じりが合うようにできているんだ。
不当に誰かに損をさせると、カツアゲなんかに
あったりするってことよ。その意味じゃ、不良の連中は
神様の使いみたいなもんだ』
そう思われた方、あなたも正解です。
国語のテストみたいな読み方ではなく、
そういうつっこみを入れることが、
大切であると思います。
なぜなら、つっこみを入れられるということは、
自分がちゃんと見えているということだからです。
自分は悪人だ、悪を及ぼしている、その自覚があるからです。
善悪二元論なぞと申しますが、
それは哲学上の話。
実に、自分を善の方に置き合った人同士が、
自分とは異なる価値観を悪に仕立て上げて、
責め合っている場合がほとんどでしょうから。
つまり、この世には、善人しかいません。
米松くんからも、ちゃんとあのあと、
帳じりを合わせられる要求がありましたし、
払わなかった分のお金は、だんだん不甲斐ない状況が生じてきて
失いました。
いや、タダで儲かったぶん以上を無くしたでしょう。
タダで儲かったなどということはないのかもしれません。
と考えると、無償の愛というものが
どれほど理にかなっているのか分かるというものです。
絶対に、100パーセント、出したものが還ってくる。
僕はそのことを肝に銘じて生きていくことになります。
出す波動の高さには細心の注意を払わなくてはならない。
そしてそれは、善になりすますことではなく、
善悪双方を認めた上で、自分が何を選ぶか、
そういう中庸の境地にあることだと思います。
ですから、映画や小説が批判されるように
風紀を乱すような描写のあることが、実は
高みに至っているという場合もあるのです。
『なんだ、世間知らずの無垢な教師を責めて、
いかにも自分が被害者みたいな書き方をしているが、
お前だって、タダでゲームをしているじゃないか。
自業自得だよ』
そう思われた方、正解です。
『ちゃんと帳じりが合うようにできているんだ。
不当に誰かに損をさせると、カツアゲなんかに
あったりするってことよ。その意味じゃ、不良の連中は
神様の使いみたいなもんだ』
そう思われた方、あなたも正解です。
国語のテストみたいな読み方ではなく、
そういうつっこみを入れることが、
大切であると思います。
なぜなら、つっこみを入れられるということは、
自分がちゃんと見えているということだからです。
自分は悪人だ、悪を及ぼしている、その自覚があるからです。
善悪二元論なぞと申しますが、
それは哲学上の話。
実に、自分を善の方に置き合った人同士が、
自分とは異なる価値観を悪に仕立て上げて、
責め合っている場合がほとんどでしょうから。
つまり、この世には、善人しかいません。
米松くんからも、ちゃんとあのあと、
帳じりを合わせられる要求がありましたし、
払わなかった分のお金は、だんだん不甲斐ない状況が生じてきて
失いました。
いや、タダで儲かったぶん以上を無くしたでしょう。
タダで儲かったなどということはないのかもしれません。
と考えると、無償の愛というものが
どれほど理にかなっているのか分かるというものです。
絶対に、100パーセント、出したものが還ってくる。
僕はそのことを肝に銘じて生きていくことになります。
出す波動の高さには細心の注意を払わなくてはならない。
そしてそれは、善になりすますことではなく、
善悪双方を認めた上で、自分が何を選ぶか、
そういう中庸の境地にあることだと思います。
ですから、映画や小説が批判されるように
風紀を乱すような描写のあることが、実は
高みに至っているという場合もあるのです。
