分かり切ったことだと思って、書くのを控えていたのですが、
企業の優先順位は以下の通りです。
一、売れている物を生産する。
二、売れそうな物を生産する準備をする。
それだけです。
正しいこと、あるいはある特定の倫理観にそったものを作ることはありません。
もう一度繰り返します。
企業の優先順位は以下の通りです。
一、売れている物を生産する。
二、売れそうな物を生産する準備をする。
つまり、世の中を変えたければ、
何を買うかの選択を変えるしかありません。
いま、売れている物、それが消費者の選択そのものなのです。
企業は、それを生産し売ります。
それだけのことです。
買い手がなければ作りません。
現金なんです。
だから実は、変えるのも簡単なんです。
でも、変わりませんね。
自意識の低い人になると、悪いのは全部、企業のせいにしている。
いいですか、
放し飼いにして、愛情をもって育てた豚の肉はたくさん売れ残っていますよ。
無添加の石鹸は、洗剤コーナーにどれだけの面積を占めていますか?
熱殺菌していない味噌は、小売店には存在しません。
これだけ見ても、大多数の人がなにを基準に選択しているか、
充分に知れるというものです。
不買運動ではないんです、なにを買うかなんです。
反対運動ではないんです、なにを買うかなんです。
撲滅運動ではないんです、なにを買うかなんです。
企業は売れるものを淡々と作り続けます。
それだけのことなんです。
本気で社会を変えるのなら、買う物を変えてください。
倫理を振り回しても、理想を振り回しても、
そんなものでは変わりません。
そういう商売なのだろう、と見るだけです。
変えるつもりがないのなら、
倫理も理想も振り回さない方が賢明です。
愛情をもって育てられているなら、
環境を破壊しないなら、
健康にそくしているなら、
少し高くても買う。
そういう選択を社会がしないなら、
効率重視で、生き物は生き物として扱われず、
自分の家以外は汚れても構わないし、
衛生だけを重視する腐らない商品ばかりが出回るのです。
法律は、現在そうしていることを明記しただけで、
理想や倫理観で規制しようとしても結局は守られず、
例外がたくさん出てくるだけでしょう。
自分自身を大事に思っていない人が多いから、
動物も自然環境も自分の胃腸も、
ないがしろにしても平気なのです。
自分、
あるいは自分たちを
どう扱っているかの現れにすぎないんですよ、
いま、どんな商品が大量に作られているかは。
どんなふうに作られているかは。
なぜ、こんなに癌にかかる人が多いのですか?
なぜ、癌になるような物をまき散らすんですか?
そうしてなぜ癌と闘うんですか?
私たちが最初に学ぶことは、また学び続けることは、
私自身であるとはどういうことか、です。
そこに目を向けず、
理想や倫理を振り回したところで、
なにも変わらない。
そこが変われば、簡単に変わる。
経済の力で簡単に変わる。
その力とは、私とはどういう存在かと等しい。
私たちとはどういう存在かと等しい。
これは、政治や法律よりも強い。
私は、そう思う。
企業の優先順位は以下の通りです。
一、売れている物を生産する。
二、売れそうな物を生産する準備をする。
それだけです。
正しいこと、あるいはある特定の倫理観にそったものを作ることはありません。
もう一度繰り返します。
企業の優先順位は以下の通りです。
一、売れている物を生産する。
二、売れそうな物を生産する準備をする。
つまり、世の中を変えたければ、
何を買うかの選択を変えるしかありません。
いま、売れている物、それが消費者の選択そのものなのです。
企業は、それを生産し売ります。
それだけのことです。
買い手がなければ作りません。
現金なんです。
だから実は、変えるのも簡単なんです。
でも、変わりませんね。
自意識の低い人になると、悪いのは全部、企業のせいにしている。
いいですか、
放し飼いにして、愛情をもって育てた豚の肉はたくさん売れ残っていますよ。
無添加の石鹸は、洗剤コーナーにどれだけの面積を占めていますか?
熱殺菌していない味噌は、小売店には存在しません。
これだけ見ても、大多数の人がなにを基準に選択しているか、
充分に知れるというものです。
不買運動ではないんです、なにを買うかなんです。
反対運動ではないんです、なにを買うかなんです。
撲滅運動ではないんです、なにを買うかなんです。
企業は売れるものを淡々と作り続けます。
それだけのことなんです。
本気で社会を変えるのなら、買う物を変えてください。
倫理を振り回しても、理想を振り回しても、
そんなものでは変わりません。
そういう商売なのだろう、と見るだけです。
変えるつもりがないのなら、
倫理も理想も振り回さない方が賢明です。
愛情をもって育てられているなら、
環境を破壊しないなら、
健康にそくしているなら、
少し高くても買う。
そういう選択を社会がしないなら、
効率重視で、生き物は生き物として扱われず、
自分の家以外は汚れても構わないし、
衛生だけを重視する腐らない商品ばかりが出回るのです。
法律は、現在そうしていることを明記しただけで、
理想や倫理観で規制しようとしても結局は守られず、
例外がたくさん出てくるだけでしょう。
自分自身を大事に思っていない人が多いから、
動物も自然環境も自分の胃腸も、
ないがしろにしても平気なのです。
自分、
あるいは自分たちを
どう扱っているかの現れにすぎないんですよ、
いま、どんな商品が大量に作られているかは。
どんなふうに作られているかは。
なぜ、こんなに癌にかかる人が多いのですか?
なぜ、癌になるような物をまき散らすんですか?
そうしてなぜ癌と闘うんですか?
私たちが最初に学ぶことは、また学び続けることは、
私自身であるとはどういうことか、です。
そこに目を向けず、
理想や倫理を振り回したところで、
なにも変わらない。
そこが変われば、簡単に変わる。
経済の力で簡単に変わる。
その力とは、私とはどういう存在かと等しい。
私たちとはどういう存在かと等しい。
これは、政治や法律よりも強い。
私は、そう思う。
