ひとみを連れて散歩をした。あの場所にはオレンジ色の花をつけた雑草が茂っていた。ひとみもそれを見つけて、お花、咲いてるねと言った。
ちょうど1年前の冬のことだった。道の向こう側に貯水池があるのだけれど、そこを囲う金網のフェンスにカラスが二羽とまっていた。その時も同じように僕はひとみを連れていた。
「ああ、あそこか」あきらめたように僕はつぶやいた。「にゃんこがいるのは」
カラスのいるフェンスの下は路肩になっていて、そこは草で覆い尽くされていた。
「いいかい、あそこにいるんだよ」
ひとみにそう言って、僕だけ道路を越えた。探し物は見つかった。下に降りたって何かをしていたカラスは、僕らの接近に大急ぎで飛び立つ。茶色の毛が散乱していた。草むらの中には、顎の骨が片方はずれ、目を開けたままの猫が横たわっている。まるで若い銀杏の実のようなつやつやした緑色をした目の先には、僕らの家があった。
迷った。妹をここに呼ぶかどうかを。
「どうしたの? なにがあったの?」
道の向こう側でひとみが聞いている。カラスが頭上高くの電線からこちらをうかがっていた。猫の死骸を後にして、妹の所にもどった。
「なにがいたの?」
再び、ひとみがたずねた。
「おいで」
そう言うと僕は左右を確認して妹の手を引き道の向こう側へ渡った。道を歩くあいだも「ねえ、なにがいたの? ねえ」と何度もたずねた。フェンスの前に着いても、ひとみはたずねつづけた。そしてさっき僕がいた所へと進んだ。質問の答えを自分で発見すると、ひとみはその場にしゃがみこんだ。そして大声で泣いた。道行くひとびとが皆いっせいに振り返った。
「似ているけど、似ていないよ」
僕は言った。
手を合わせて拝むしか、僕は考えつかなかった。ひとみの横に僕もしゃがみこんだ。にゃんこの体に周囲の砂をかけて盛った。その上にそのあたりに転がっていた拳大の石を四つ積んだ。
周囲に散らばっていた、にゃんこの毛を拾い集めた。
「どうするの、それ?」
帰り道でひとみが聞いた。
「将来、科学が進歩したとき、この毛を利用して、にゃんこを生き返らせようと思ってね」
この半年間のにゃんことの思い出がよみがえった。たとえ、そうしたとしても、僕たちが作ってきた僕たちの歴史は黄泉がえらない。
その日、にゃんこが散歩に出たがった。玄関のドアの前で上方を見ては、僕を振り返って「にゃーにゃー」鳴くからすぐにわかる。僕はドアを開け放ちながら、決心していた。でも、なぜか、これが最後の別れになるんじゃないだろうかという思いもよぎった。けれど、よくある思い過ごしだろうと考え直して、彼女の後ろ姿を見送った。次の日の夜になっても、にゃんこの僕を呼ぶ声がしなかった。彼女はお腹が減ったりして、迎えに来て欲しいと、僕の部屋の下で鳴いた。眠かったり面倒だったりしたら、次の日の夜中にまた呼ぶまで待っていてもらっていた。でも、その日、彼女は僕を呼ばなかった。夜遅く僕は下まで降りていった。彼女は僕の足音を聞き分けると、「にゃ、にゃ、にゃにゃにゃ」と叫びながら車の陰から一直線に僕の足下にかけてくる。まるでそれは、江戸時代の農民が大名に直訴するかのように「お代官様、おねげえでごぜえます。どうか願いを聞き入れてくださいませ」とすがりつくかのような可憐な健気さがあった。そうすると僕は人目を憚りながら一緒に階段をのぼる。彼女は一足先にかけあがっては止まって僕を待ち、僕が追いつくとまた先に行った。
外を出歩いた彼女は、いつも耳にダニをつけて帰ってきた。耳殻に針を刺して血豆みたいになった数匹のダニ。僕はそれをノミ櫛をつかって取った。耳の中にはノミが住んでいたが、それは取るのがなかなか難しかった。帰って来るたびに僕は丁寧に耳のダニを全部取った。ついでにノミのフンをこさぐために体中に櫛を入れていると、僕の膝でにゃんこは心地よくなってうとうと眠るのだった。
ドアを開け放ちながら、僕が決意していたこと。それは僕が彼女を僕らのメンバーにしよう、もし、苦情が出ても盾になって、それこそキチガイと言われたって、この雌猫は人間と同じですと言い張ろうということだった。けれど奇しくも、彼女が死んだのは、その決意と同時だったのだ。「うちのニャンちゃんは、家族の一員なんですよ、私と同じ人間なんです」と、猫を抱きしめ、しゃがみこみ取り乱して泣きわめく姿をあざ笑う人もいるかもしれない。そう主張された側の人間は、人間でさえも人間とは見なしていない場合が多いのだ。ケダモノがケダモノを抱きしめて自分と同じだと言っているとしか思わない。でも決めたんだ。にゃんこは、僕らの家族だ。
そのにゃんこがみつからない。家を出ていったっきり戻ってこないのだ。僕は彼女が迷い込みそうなところをほうぼう探しまわった。けれど、でてこない。
僕が拾わなければ、にゃんこはあの時点で死んでいた。
いや、きっと世界中で毎日捨て猫が死んでいる。僕がその中の一匹を生き延びさせたからといってなんだろう。そのことを夏に草むしりをしている時に思いついた。妹の幼稚園で一斉の清掃作業があったときに父親の代理で参加したんだ。僕は、スコップで根こそぎ草をとった。なぜ、草取りをするのだろうと考えた。きれいになるから。と言う人もいる。でも、美的感覚など共通のものはない。すると、せいぜい草が生い茂っているとヘビやなんかの隠れ家になって園児にワルサをするからといった、人間の生活しやすさだとか、汗を流したいからといった個人的な意味づけをするしかなくなるのだ。僕は、手のひらに血豆ができ汗でシャツがぐっしょりになるまで取りつづけたけど2、3週間して行ってみると、もうほとんど以前と同じくらい回復していた。あの労働はなんだったのだろうと思った。そして、さらに秋がきて冬になれば枯れてなくなっていたのだ。僕は、来年の春に思いをめぐらせた。すると、なにもなかった地面からまた草が生えてくるのだ。枯れてなくなっていたわけではない。冬の間、なりをひそめていただけで、彼らの根はまた葉を再生した。そんなことは誰でも知っている。ここで僕が言っているのは、つまり根絶やし、絶滅させてしまうということと、表面を剪定するのではまったくわけがちがうということなんだ。つまり、長く伸びた草は、僕の頭の髪の毛と同じだと言いたいんだ。猫も、人間のセンチを誘ったり、商品価値に便乗したりして産まれた子の中でいくらか生き延びて子孫を残す足がかりをつければそれでいいのかもしれないということだよ。ひどく人間に都合のよい案だと言われそうだ。でも、熱帯雨林を伐採することと、庭の草をむしるのはわけがちがうように思う。熱帯林は地球上に酸素を供給している部分だ。それを減らして商品作物を植えていくのは、人間で言えば肺を片方切り取って胃袋を移植するのと同じ事のように思う。
三毛の雄かもしれないという好奇心から、彼女を僕は拾い、そして世話をした。三毛猫は遺伝学的にも雄がでないというひとがいるけど、三毛猫の雄はたしかにいるんだ。生殖能力がないというだけであって、雄の生殖器をつけた雌がいるのでもなければ、子供をはらむことのできる雄がいるのでもないのだ。にゃんこは二毛の雌だった。でも、彼女に人間のつけた価値があるかどうかは、僕にとってどうでもよくなった。きっかけは、邪な動機だったかもしれない。そしてそのことは、僕と彼女の関係がどんなものになるかを決定していたのかもしれない。だけど、彼女は人間ではなかった。猫だったのだ。人間とは認知されない生き物だったのだ。それでも、にゃんこは生き延びた。そして、子孫は残さなかったけれども、少なからず人間の寵愛を受けた。それが彼女の魂にどれだけの糧を与えたか。もちろん、僕の魂にも。その関係で充分だったと思うしか、僕にはない。
帰ってこなくなって1週間くらい経った時、僕はひとみを連れてにゃんこの探索に出たのだった。
ちょっと話しは変わるけど、猫は、こちらの都合や意図、たとえそれが悪意であったとしても、猜疑や嫌悪をもたないようだ。叩いても、なんども繰り返さないなら、遊んでいるのだと思うものらしい。白状すれば、僕は親切で優しくて、猫の世話を献身的にだけやってきたわけではない。僕は猫の救済者であると同時にひどい虐待者でもあった。
にゃんこの後に、僕のところには子猫がいっぴき連れ込まれたことがある。それは、それよりももっと前に近所にあった犬の種付け屋さんに行ったからだろうと思う。にゃんこの前にも僕はちいさな猫をひらった。雨の中でずぶ濡れになって歩いていたんだ。そいつも餌も食べないしミルクも飲まないものだからとても困って、困ったけどどうしてよいか分からなかったから、最も近い動物に関するところであった種付け屋さんに行って相談したら、カテーテルなるものを貸してくれて『その管を胃に直接さしこんでミルクを飲ませよ』ということだったのだけれど、技術も度胸もない僕はおそらく猫の肺に液体を入れてしまったようで、ほどなくそのちいさな猫は死んでしまった。その縁で、というか、団地に越してきたばかりの若夫婦がやっぱり同じようになぜか階段に落ちていた子猫を拾って、困り、種付け屋さんにもちこんだのらしいのだが、そこのおばちゃんが、僕を紹介したのだ。僕は例のごとく、その猫ににゃん太などという名前をつけて世話をすることになった。僕のところに来た時には、にゃん太はねずみかと見間違えるほどちいさく、へその緒はついているは、目はあいていないはで、僕はひたすら途方に暮れたのだが、朝も昼も夜中も二時間ごとに、煮沸消毒したほ乳瓶にミルクを溶かし、適温にして与えたんだ。体重の変化をノートに記録し、肛門を濡れテッシュでトントンしてやって小便やウンコをさせた。ウンコは、ちょうど絵の具のチューブをしぼった時のように、にゅうっと黄色や山吹色の固まりになっていた。なんにちかおきに直径が太くなっていった。ともかくこの猫は、生後間もなく、最もちいさな姿でやってきて、初めて育てる僕の手荒な飼育でも幸いになんとか生き延びた。ある夜、にゃん太は目を開けた。そして、じっと僕を見た。不思議そうな顔をしていた。
やつが小さかったある日、僕が昼寝をしていると、ヒマをこいたにゃん太が向こうの部屋からトツトツとやってきて、いきなり僕の足の指に飛びついてきた。兄弟にでもみたててじゃれているのだろう。なんど振り払ってもにゃんこは、ぎー、ぎーと闘いの声をあげ、かみついてきた。痛いし、わずらわしい。はじめは僕も優しく、やめてくれよ、などと声をかけていたんだけど、あまりにしつこいので、もう、とホオをふくらませ、首をつかんで鼻面を指で軽く弾いて部屋の外に出し襖をしめた。ところがひとりになったにゃん太は戸の向こう側でにゃー、にゃーと大声でなき続け、また夏だったので風が通らなくなった部屋は暑ぐるしく、仕方がないので涼を求めてすこしだけ、そっと戸を開けると、とたんに鳴き声はやみ、にゃん太はぬっと顔を出してあたりをうかがうと、ステレオの後ろをかすめて机の陰に隠れ、息を凝らしている。けれど、こちらの動向を計って安全と見るやまた飛びかかってくるのだ。僕はむっときて、やつの顔の皮がひきつってベロを出したままになるくらい首の皮を皺を寄せてつかみ、鼻に思いっきり爪弾きを食らわせたんだ。にゃん太は床におろされると、くしゅんくしゅんとくしゃみをした。痛い目にあったからもうしないだろうと思って布団にもどると、やつはすぐに気を取り直し、こんどは遠くから助走をつけて寝転がって仰向けになっていた僕の顔面めがけて飛びかかり、鼻をひとかみすると一目散に逃げ出した。僕は追いかけていって部屋の角で追いつめ、捕える。こんどはどんな仕置きをしてやろうかと案じ、よしそれじゃ同じ事をして、どんなに痛いか思い知らしてやると、にゃんこの足や顔に思いっきりかみついたりしたんだ。ところが、あとで知ったけどそれは動物にとって愛情表現だったらしく、ますます彼は僕にからんできたのだった。襖の外に締め出されたにゃん太は、鳴き声に工夫を凝らすようになった。それはまさに堂に入っていて、にゃーおっ。と言うのだった。やつの口の開き方を観察していると、人間のようなのだ。にゃーと発音した後、おっと付けるのだが、それは口をつぼめて、いかにも語りかけるかのように繰り出される。そうされると、僕はなんとしても情がわいてきて、襖を開けてしまうのだ。するといつものケンカが始まってしまう。
その内にゃん太は知恵が回るようになり、自分の前足で襖を開けるようになった。そしてまた、僕の足やら手やらに無闇にかみついてきて、そえがまた痛くて、手や足に十数カ所小さな穴が空くほどで、いい加減イラついてきた僕は、にゃん太の首を左手でつかむと、この、この、と怒鳴りながら右手で殴りつけた。にゃんこは僕が拳を引くたびに目をぱちぱちさせ、びびびっと顔を背けた。放すとおとなしくなったけど、またしばらくするとトツトツやってきて足にかぶりとやらかすのだった。ある日とうとう頭にきた僕は、逃げまどう彼の首根っこをつかみ、風呂場にもっていき、昨晩の湯がはったままになっている浴槽にたたき込んだ。そして湯をかき混ぜるでオールでオラオラと言いながら、ぐいぐいと窒息しそうになるくらい沈めたんだ。にゃん太は、海坊主が現れるように水をまとわりつかせながら水面に突出した。ウラウラ。と僕はまた押し込む。にゃん太は水から脱出しようと死にものぐるいでそれこそ必死の形相で四本の脚で壁面をこさいだり、うさぎのように飛び跳ねたりした。カワウソというか濡れ鼠というか細い実体をあらわにしているその姿にあわれをそそられた僕は可哀想になり、考えを改めた。ここで殺してしまうくらいなら、引き受けなければよかったと思い直し床に置くと、台所の隅のすりガラスの前に行って僕に背を向けて座り、黙って手や体をなめ始めた。僕が近づいても知らん顔をしていた。呼んでも答えない。まるで聞こえないふりである。バスタオルをもってきて拭いてやろうとしても、そそくさと場所を移動してしまうのだ。もう、完全に嫌われてしまったなとあきらめていると、次の日にはまた僕のところにやってきて性懲りもなく足や手にの指にかぶりつくのだ。僕は、また風呂場に連れていく。こんなことをしても、しばらくすると、ケロッと忘れてしまうようだ。
でも、僕はにゃんこにはそんなことはしたことがなかった。いつも優しく愛撫して、彼女はうっとりうたた寝をするのだった。
「にゃんこ、死んだの?」
ひとみがたずねた。
「死んだ」
と、僕は言った。1年前に。
きっと、にゃんこは僕らの家に帰りたかった。ひとみと僕はそこにしゃがんで祈った。北風が吹いた。けれどもそれはとても感謝に満ちた暖かなものだった。目を開けて僕はつぶやいた。
「あいつは、美人だったな」
「うん。とてもかわいかった」
いま、にゃんこの墓の横には、オレンジ色の花をつけた名も知らぬ野草が茂っている。
注 『野猫を拾う』の続編です。しっかり心を働かせて読んで下さい。
ちょうど1年前の冬のことだった。道の向こう側に貯水池があるのだけれど、そこを囲う金網のフェンスにカラスが二羽とまっていた。その時も同じように僕はひとみを連れていた。
「ああ、あそこか」あきらめたように僕はつぶやいた。「にゃんこがいるのは」
カラスのいるフェンスの下は路肩になっていて、そこは草で覆い尽くされていた。
「いいかい、あそこにいるんだよ」
ひとみにそう言って、僕だけ道路を越えた。探し物は見つかった。下に降りたって何かをしていたカラスは、僕らの接近に大急ぎで飛び立つ。茶色の毛が散乱していた。草むらの中には、顎の骨が片方はずれ、目を開けたままの猫が横たわっている。まるで若い銀杏の実のようなつやつやした緑色をした目の先には、僕らの家があった。
迷った。妹をここに呼ぶかどうかを。
「どうしたの? なにがあったの?」
道の向こう側でひとみが聞いている。カラスが頭上高くの電線からこちらをうかがっていた。猫の死骸を後にして、妹の所にもどった。
「なにがいたの?」
再び、ひとみがたずねた。
「おいで」
そう言うと僕は左右を確認して妹の手を引き道の向こう側へ渡った。道を歩くあいだも「ねえ、なにがいたの? ねえ」と何度もたずねた。フェンスの前に着いても、ひとみはたずねつづけた。そしてさっき僕がいた所へと進んだ。質問の答えを自分で発見すると、ひとみはその場にしゃがみこんだ。そして大声で泣いた。道行くひとびとが皆いっせいに振り返った。
「似ているけど、似ていないよ」
僕は言った。
手を合わせて拝むしか、僕は考えつかなかった。ひとみの横に僕もしゃがみこんだ。にゃんこの体に周囲の砂をかけて盛った。その上にそのあたりに転がっていた拳大の石を四つ積んだ。
周囲に散らばっていた、にゃんこの毛を拾い集めた。
「どうするの、それ?」
帰り道でひとみが聞いた。
「将来、科学が進歩したとき、この毛を利用して、にゃんこを生き返らせようと思ってね」
この半年間のにゃんことの思い出がよみがえった。たとえ、そうしたとしても、僕たちが作ってきた僕たちの歴史は黄泉がえらない。
その日、にゃんこが散歩に出たがった。玄関のドアの前で上方を見ては、僕を振り返って「にゃーにゃー」鳴くからすぐにわかる。僕はドアを開け放ちながら、決心していた。でも、なぜか、これが最後の別れになるんじゃないだろうかという思いもよぎった。けれど、よくある思い過ごしだろうと考え直して、彼女の後ろ姿を見送った。次の日の夜になっても、にゃんこの僕を呼ぶ声がしなかった。彼女はお腹が減ったりして、迎えに来て欲しいと、僕の部屋の下で鳴いた。眠かったり面倒だったりしたら、次の日の夜中にまた呼ぶまで待っていてもらっていた。でも、その日、彼女は僕を呼ばなかった。夜遅く僕は下まで降りていった。彼女は僕の足音を聞き分けると、「にゃ、にゃ、にゃにゃにゃ」と叫びながら車の陰から一直線に僕の足下にかけてくる。まるでそれは、江戸時代の農民が大名に直訴するかのように「お代官様、おねげえでごぜえます。どうか願いを聞き入れてくださいませ」とすがりつくかのような可憐な健気さがあった。そうすると僕は人目を憚りながら一緒に階段をのぼる。彼女は一足先にかけあがっては止まって僕を待ち、僕が追いつくとまた先に行った。
外を出歩いた彼女は、いつも耳にダニをつけて帰ってきた。耳殻に針を刺して血豆みたいになった数匹のダニ。僕はそれをノミ櫛をつかって取った。耳の中にはノミが住んでいたが、それは取るのがなかなか難しかった。帰って来るたびに僕は丁寧に耳のダニを全部取った。ついでにノミのフンをこさぐために体中に櫛を入れていると、僕の膝でにゃんこは心地よくなってうとうと眠るのだった。
ドアを開け放ちながら、僕が決意していたこと。それは僕が彼女を僕らのメンバーにしよう、もし、苦情が出ても盾になって、それこそキチガイと言われたって、この雌猫は人間と同じですと言い張ろうということだった。けれど奇しくも、彼女が死んだのは、その決意と同時だったのだ。「うちのニャンちゃんは、家族の一員なんですよ、私と同じ人間なんです」と、猫を抱きしめ、しゃがみこみ取り乱して泣きわめく姿をあざ笑う人もいるかもしれない。そう主張された側の人間は、人間でさえも人間とは見なしていない場合が多いのだ。ケダモノがケダモノを抱きしめて自分と同じだと言っているとしか思わない。でも決めたんだ。にゃんこは、僕らの家族だ。
そのにゃんこがみつからない。家を出ていったっきり戻ってこないのだ。僕は彼女が迷い込みそうなところをほうぼう探しまわった。けれど、でてこない。
僕が拾わなければ、にゃんこはあの時点で死んでいた。
いや、きっと世界中で毎日捨て猫が死んでいる。僕がその中の一匹を生き延びさせたからといってなんだろう。そのことを夏に草むしりをしている時に思いついた。妹の幼稚園で一斉の清掃作業があったときに父親の代理で参加したんだ。僕は、スコップで根こそぎ草をとった。なぜ、草取りをするのだろうと考えた。きれいになるから。と言う人もいる。でも、美的感覚など共通のものはない。すると、せいぜい草が生い茂っているとヘビやなんかの隠れ家になって園児にワルサをするからといった、人間の生活しやすさだとか、汗を流したいからといった個人的な意味づけをするしかなくなるのだ。僕は、手のひらに血豆ができ汗でシャツがぐっしょりになるまで取りつづけたけど2、3週間して行ってみると、もうほとんど以前と同じくらい回復していた。あの労働はなんだったのだろうと思った。そして、さらに秋がきて冬になれば枯れてなくなっていたのだ。僕は、来年の春に思いをめぐらせた。すると、なにもなかった地面からまた草が生えてくるのだ。枯れてなくなっていたわけではない。冬の間、なりをひそめていただけで、彼らの根はまた葉を再生した。そんなことは誰でも知っている。ここで僕が言っているのは、つまり根絶やし、絶滅させてしまうということと、表面を剪定するのではまったくわけがちがうということなんだ。つまり、長く伸びた草は、僕の頭の髪の毛と同じだと言いたいんだ。猫も、人間のセンチを誘ったり、商品価値に便乗したりして産まれた子の中でいくらか生き延びて子孫を残す足がかりをつければそれでいいのかもしれないということだよ。ひどく人間に都合のよい案だと言われそうだ。でも、熱帯雨林を伐採することと、庭の草をむしるのはわけがちがうように思う。熱帯林は地球上に酸素を供給している部分だ。それを減らして商品作物を植えていくのは、人間で言えば肺を片方切り取って胃袋を移植するのと同じ事のように思う。
三毛の雄かもしれないという好奇心から、彼女を僕は拾い、そして世話をした。三毛猫は遺伝学的にも雄がでないというひとがいるけど、三毛猫の雄はたしかにいるんだ。生殖能力がないというだけであって、雄の生殖器をつけた雌がいるのでもなければ、子供をはらむことのできる雄がいるのでもないのだ。にゃんこは二毛の雌だった。でも、彼女に人間のつけた価値があるかどうかは、僕にとってどうでもよくなった。きっかけは、邪な動機だったかもしれない。そしてそのことは、僕と彼女の関係がどんなものになるかを決定していたのかもしれない。だけど、彼女は人間ではなかった。猫だったのだ。人間とは認知されない生き物だったのだ。それでも、にゃんこは生き延びた。そして、子孫は残さなかったけれども、少なからず人間の寵愛を受けた。それが彼女の魂にどれだけの糧を与えたか。もちろん、僕の魂にも。その関係で充分だったと思うしか、僕にはない。
帰ってこなくなって1週間くらい経った時、僕はひとみを連れてにゃんこの探索に出たのだった。
ちょっと話しは変わるけど、猫は、こちらの都合や意図、たとえそれが悪意であったとしても、猜疑や嫌悪をもたないようだ。叩いても、なんども繰り返さないなら、遊んでいるのだと思うものらしい。白状すれば、僕は親切で優しくて、猫の世話を献身的にだけやってきたわけではない。僕は猫の救済者であると同時にひどい虐待者でもあった。
にゃんこの後に、僕のところには子猫がいっぴき連れ込まれたことがある。それは、それよりももっと前に近所にあった犬の種付け屋さんに行ったからだろうと思う。にゃんこの前にも僕はちいさな猫をひらった。雨の中でずぶ濡れになって歩いていたんだ。そいつも餌も食べないしミルクも飲まないものだからとても困って、困ったけどどうしてよいか分からなかったから、最も近い動物に関するところであった種付け屋さんに行って相談したら、カテーテルなるものを貸してくれて『その管を胃に直接さしこんでミルクを飲ませよ』ということだったのだけれど、技術も度胸もない僕はおそらく猫の肺に液体を入れてしまったようで、ほどなくそのちいさな猫は死んでしまった。その縁で、というか、団地に越してきたばかりの若夫婦がやっぱり同じようになぜか階段に落ちていた子猫を拾って、困り、種付け屋さんにもちこんだのらしいのだが、そこのおばちゃんが、僕を紹介したのだ。僕は例のごとく、その猫ににゃん太などという名前をつけて世話をすることになった。僕のところに来た時には、にゃん太はねずみかと見間違えるほどちいさく、へその緒はついているは、目はあいていないはで、僕はひたすら途方に暮れたのだが、朝も昼も夜中も二時間ごとに、煮沸消毒したほ乳瓶にミルクを溶かし、適温にして与えたんだ。体重の変化をノートに記録し、肛門を濡れテッシュでトントンしてやって小便やウンコをさせた。ウンコは、ちょうど絵の具のチューブをしぼった時のように、にゅうっと黄色や山吹色の固まりになっていた。なんにちかおきに直径が太くなっていった。ともかくこの猫は、生後間もなく、最もちいさな姿でやってきて、初めて育てる僕の手荒な飼育でも幸いになんとか生き延びた。ある夜、にゃん太は目を開けた。そして、じっと僕を見た。不思議そうな顔をしていた。
やつが小さかったある日、僕が昼寝をしていると、ヒマをこいたにゃん太が向こうの部屋からトツトツとやってきて、いきなり僕の足の指に飛びついてきた。兄弟にでもみたててじゃれているのだろう。なんど振り払ってもにゃんこは、ぎー、ぎーと闘いの声をあげ、かみついてきた。痛いし、わずらわしい。はじめは僕も優しく、やめてくれよ、などと声をかけていたんだけど、あまりにしつこいので、もう、とホオをふくらませ、首をつかんで鼻面を指で軽く弾いて部屋の外に出し襖をしめた。ところがひとりになったにゃん太は戸の向こう側でにゃー、にゃーと大声でなき続け、また夏だったので風が通らなくなった部屋は暑ぐるしく、仕方がないので涼を求めてすこしだけ、そっと戸を開けると、とたんに鳴き声はやみ、にゃん太はぬっと顔を出してあたりをうかがうと、ステレオの後ろをかすめて机の陰に隠れ、息を凝らしている。けれど、こちらの動向を計って安全と見るやまた飛びかかってくるのだ。僕はむっときて、やつの顔の皮がひきつってベロを出したままになるくらい首の皮を皺を寄せてつかみ、鼻に思いっきり爪弾きを食らわせたんだ。にゃん太は床におろされると、くしゅんくしゅんとくしゃみをした。痛い目にあったからもうしないだろうと思って布団にもどると、やつはすぐに気を取り直し、こんどは遠くから助走をつけて寝転がって仰向けになっていた僕の顔面めがけて飛びかかり、鼻をひとかみすると一目散に逃げ出した。僕は追いかけていって部屋の角で追いつめ、捕える。こんどはどんな仕置きをしてやろうかと案じ、よしそれじゃ同じ事をして、どんなに痛いか思い知らしてやると、にゃんこの足や顔に思いっきりかみついたりしたんだ。ところが、あとで知ったけどそれは動物にとって愛情表現だったらしく、ますます彼は僕にからんできたのだった。襖の外に締め出されたにゃん太は、鳴き声に工夫を凝らすようになった。それはまさに堂に入っていて、にゃーおっ。と言うのだった。やつの口の開き方を観察していると、人間のようなのだ。にゃーと発音した後、おっと付けるのだが、それは口をつぼめて、いかにも語りかけるかのように繰り出される。そうされると、僕はなんとしても情がわいてきて、襖を開けてしまうのだ。するといつものケンカが始まってしまう。
その内にゃん太は知恵が回るようになり、自分の前足で襖を開けるようになった。そしてまた、僕の足やら手やらに無闇にかみついてきて、そえがまた痛くて、手や足に十数カ所小さな穴が空くほどで、いい加減イラついてきた僕は、にゃん太の首を左手でつかむと、この、この、と怒鳴りながら右手で殴りつけた。にゃんこは僕が拳を引くたびに目をぱちぱちさせ、びびびっと顔を背けた。放すとおとなしくなったけど、またしばらくするとトツトツやってきて足にかぶりとやらかすのだった。ある日とうとう頭にきた僕は、逃げまどう彼の首根っこをつかみ、風呂場にもっていき、昨晩の湯がはったままになっている浴槽にたたき込んだ。そして湯をかき混ぜるでオールでオラオラと言いながら、ぐいぐいと窒息しそうになるくらい沈めたんだ。にゃん太は、海坊主が現れるように水をまとわりつかせながら水面に突出した。ウラウラ。と僕はまた押し込む。にゃん太は水から脱出しようと死にものぐるいでそれこそ必死の形相で四本の脚で壁面をこさいだり、うさぎのように飛び跳ねたりした。カワウソというか濡れ鼠というか細い実体をあらわにしているその姿にあわれをそそられた僕は可哀想になり、考えを改めた。ここで殺してしまうくらいなら、引き受けなければよかったと思い直し床に置くと、台所の隅のすりガラスの前に行って僕に背を向けて座り、黙って手や体をなめ始めた。僕が近づいても知らん顔をしていた。呼んでも答えない。まるで聞こえないふりである。バスタオルをもってきて拭いてやろうとしても、そそくさと場所を移動してしまうのだ。もう、完全に嫌われてしまったなとあきらめていると、次の日にはまた僕のところにやってきて性懲りもなく足や手にの指にかぶりつくのだ。僕は、また風呂場に連れていく。こんなことをしても、しばらくすると、ケロッと忘れてしまうようだ。
でも、僕はにゃんこにはそんなことはしたことがなかった。いつも優しく愛撫して、彼女はうっとりうたた寝をするのだった。
「にゃんこ、死んだの?」
ひとみがたずねた。
「死んだ」
と、僕は言った。1年前に。
きっと、にゃんこは僕らの家に帰りたかった。ひとみと僕はそこにしゃがんで祈った。北風が吹いた。けれどもそれはとても感謝に満ちた暖かなものだった。目を開けて僕はつぶやいた。
「あいつは、美人だったな」
「うん。とてもかわいかった」
いま、にゃんこの墓の横には、オレンジ色の花をつけた名も知らぬ野草が茂っている。
注 『野猫を拾う』の続編です。しっかり心を働かせて読んで下さい。
