花さか爺さんの家というのは、もともと、広い草原のまんなかにぽつんとあったそうです。春のぽかぽか暖かい昼下がりには、遠くの畠で雲雀なぞが鳴く。夏のまぶしい朝には、飼っている鶏が卵をポンと産み、自分で産んだのにきょとんとして驚き鳴く。秋の涼しい夜には鈴虫、蟋蟀、くつわむしが縁側の叢で鳴く。すると爺さんと婆さんは、目を合わせ、顔をほころばせて笑いあい、それはそれはたいそうのどかで幸せな毎日をおくっていたそうな。
この時代、六十歳をこえて生きる者はざらにおらず、爺さんは、爺さんといってもまだ五十を過ぎたばかりの働きざかり。婆さんも、婆さんといっても四十をすこし出たまでの、あだっぽい女であった。ふたりには子供がなく、毎夜まいよ、すこしの羞恥心もなく健康な汗をかいていた。しかし、そんなふたりであってさえ、ときどき会話がとぎれ、バツの悪い空気が流れることがあった。一緒になって二十年、話す話も出尽くした。また、ふたりだけの寂しさをまぎらすためか、数年前から一匹の犬がいた。爺さんと婆さんはその犬にシロと名づけ、まるで本当の子供のようにかわいがっておったそうな。シロもそんなふたりの愛情にこたえ、忠義よく仕えていた。
そこに、あるとき、ひとつがいの老夫婦が引っ越してきたところから、ふたりの幸福な日々は次第に変化を遂げていくことになる。
さて、爺さんには生涯かけたライフワークがあり、その調査のために年にいちどくらい家を留守にすることがあった。『栗畑におけるツツガムシの影響について』の研究は、もう一歩のところまできており、その集大成として近隣諸国をめぐり、一気呵成に完成させようともくろんだ爺さんは、この年、婆さんとシロを伴い、旅行がてらフィールドに出たのだった。三月ぶりに帰ってくると、爺さんの家のすぐ横に一尺もあけず、ちょうど爺さんの家と同じ大きさの真新しい家ができあがっていた。
「おや、まあ」
「これ、いつのまにや」
ふたりは声を失った。
しばらく経った。隣の家の中にはひとが住んでいる物音がするのに、その主人がいっこうにあらわれないので、爺さんと婆さんは、畠で採れた根菜で作った筑前煮をもってこちらから挨拶に行くことにした。
その日、なんどか行ったが、だれかいるようなのに、戸口にはだれも現れなかった。それでも、今日の内にと思い、陽が暮れてからふたりは行灯を提げ隣の家を訪れた。
トントントン。
戸を叩くと、中でがさごそ音がして、戸の中央にあるのぞき穴から充血した人間の目がちらりと動いたかと思うと、おもむろに戸が一寸ほど開いた。
「なんぞ、用かの」
足下から声がした。爺さんが行灯を下方にそらし視線を向けると、戸の隙間から、いぶかるような目がふたりをじろじろ睨んでいる。爺さんは戸惑いながらも、
「お隣に引っ越して来られたので、あいさつをと思いまして」
言うと、
「わしゃ、いま入浴中じゃて、またあとからの」
迷惑である。
といいたげな素振りでぴしりと戸を閉めた。おまけに、中で錠をおろす音までする。しかたなくふたりは家にもどり、煮物を涼しい場所におき、次の日まで待つことにした。翌日ころあいを見計らって出かけると、こんどは、手があいていたらしく、老婆は、それでもしぶしぶ、来客の相手を玄関先でした。
老婆の背中は下方にうねり爺さんの膝ほどに顔があった。両の脚が胸のあたりで下に折れるその姿は、ちょうど、相撲取りが腰をかがめてしこを踏み尻を持ち上げたような恰好で、見ようによっては巨大な竈馬(カマドウマ)が敵を食おうと飛びかからんとして構えてもいるようでもあり、そのあまりの奇怪さに面食らった爺さんは、おたくの隣に住む花咲です、と言おうとしたが、言葉が詰まった。緊張すると爺さん、ドモる癖がある。
「おおお、お隣に住む、花咲と申します。以後、お見知りおきを」
「お隣とはなんじゃ!」すかさず老婆は目を剥き恫喝し、爺さんの言葉のもつれに難癖をつけてきた。「自分のことを言うのに、お、とはなんじゃ、お、とは。と・な・りで十分じゃ。ーーっつたく、謙譲語の使い方も知らぬは、ペッ」
爺さんと婆さんは老婆の薮から棒の叱責にたじろいだ。婆さんはあわてて、身を乗り出し、
「あの、これを」
きのう作った筑前煮の入った重箱を差し出した。それを見た老婆はしきりに鼻を動かした。
「がめ煮じゃの。里芋、蓮根、人参、牛蒡、蒟蒻。それから、鶏まで入っておるの」
「いかにも」
「して、」
と、老婆はこれから起こるであろう愉悦の期待を押し殺しながら、これがなんじゃ、と言った。
「お近づきの印にと思いまして」
婆さんが言うと、老婆はにわかに表情を崩し、笑みを造った。開いた口には、枯れる間近の花弁のように開ききり裏側が見えるほどそりあがって、めくれた歯が出てきた。老婆は、ひったくるように婆さんの手から重箱を取ると、逃げ去るようにさっさと奥にひっこんだ。
その蓮っ葉な振る舞いに、爺さん、これは要注意と肝に銘じた。ところが、爺さん、根っからのお人好し。それから先もこの老婆に会うと、つい、陽気な声で剽軽に振る舞い、
「今日は、ごきげんいかが?」
などと、お調子をとった。それで、老婆はこの爺さんをすっかり顰蹙し、へっ、と鼻でせせら笑った。
「あの、まだお名前をうかがっておらんじゃってにぃ、もしさしつかえなければぁ、と思いまして・・・」
ニコニコ柔和な笑みを浮かべながら爺さん、老婆にたずねますと、老婆は、これは頓珍漢なことを聞くと言わんばかりに、まるで福笑いのように眉をチグハグにゆがめ、黒い鼻の穴を3倍ほどにふくらませ、きーききききと声を立てて笑うのだった。なにがおもしろかったのかわからなかった爺さん、きょとんとした顔でいたので、老婆はますます腹をかかえて、おまけにベロをM型に一尺ほど伸ばして笑うのだった。
「あのお、なにがそんなに・・・」
「ぶあかか、おんしは!」
老婆がいきり立った。そうして、破裂せんばかりに声を張り上げた。その拍子に、今にも取れそうにそりかえっていた歯のいっぽんがはじけ飛んだのだが、老婆は気がつかなかった。
「ええか、よく聞け。この広い広い草原に、家はおめえんとこと、ワシんとこのふたあつしかねえけ。互いに、おとなりさんで、ええではないか!」
「そそそ、それはそうですね」
人の好い爺さん、すごすご納得してしまいました。しかし、これが波乱の第一番目の引き金になったのに気づける由(よし)もありません。
そしてさらに厄介なのがまだ一度も姿を現さないこの老婆の連れで、これがまた老婆に輪をかけたようなたいそうな偏屈者であることも、爺さんと婆さんは夢にだに見ることができませんでした。
その時、シロがわんわん吠えた。
「それでは、おいとまいたしますです、ハイ」
丁寧におじぎをしながら爺さん、どうしたんだいなどと言いながらシロのもとにかけよります。もちろんシロは、ご主人のピンチを救う助け船を出したのでした。
この時代、六十歳をこえて生きる者はざらにおらず、爺さんは、爺さんといってもまだ五十を過ぎたばかりの働きざかり。婆さんも、婆さんといっても四十をすこし出たまでの、あだっぽい女であった。ふたりには子供がなく、毎夜まいよ、すこしの羞恥心もなく健康な汗をかいていた。しかし、そんなふたりであってさえ、ときどき会話がとぎれ、バツの悪い空気が流れることがあった。一緒になって二十年、話す話も出尽くした。また、ふたりだけの寂しさをまぎらすためか、数年前から一匹の犬がいた。爺さんと婆さんはその犬にシロと名づけ、まるで本当の子供のようにかわいがっておったそうな。シロもそんなふたりの愛情にこたえ、忠義よく仕えていた。
そこに、あるとき、ひとつがいの老夫婦が引っ越してきたところから、ふたりの幸福な日々は次第に変化を遂げていくことになる。
さて、爺さんには生涯かけたライフワークがあり、その調査のために年にいちどくらい家を留守にすることがあった。『栗畑におけるツツガムシの影響について』の研究は、もう一歩のところまできており、その集大成として近隣諸国をめぐり、一気呵成に完成させようともくろんだ爺さんは、この年、婆さんとシロを伴い、旅行がてらフィールドに出たのだった。三月ぶりに帰ってくると、爺さんの家のすぐ横に一尺もあけず、ちょうど爺さんの家と同じ大きさの真新しい家ができあがっていた。
「おや、まあ」
「これ、いつのまにや」
ふたりは声を失った。
しばらく経った。隣の家の中にはひとが住んでいる物音がするのに、その主人がいっこうにあらわれないので、爺さんと婆さんは、畠で採れた根菜で作った筑前煮をもってこちらから挨拶に行くことにした。
その日、なんどか行ったが、だれかいるようなのに、戸口にはだれも現れなかった。それでも、今日の内にと思い、陽が暮れてからふたりは行灯を提げ隣の家を訪れた。
トントントン。
戸を叩くと、中でがさごそ音がして、戸の中央にあるのぞき穴から充血した人間の目がちらりと動いたかと思うと、おもむろに戸が一寸ほど開いた。
「なんぞ、用かの」
足下から声がした。爺さんが行灯を下方にそらし視線を向けると、戸の隙間から、いぶかるような目がふたりをじろじろ睨んでいる。爺さんは戸惑いながらも、
「お隣に引っ越して来られたので、あいさつをと思いまして」
言うと、
「わしゃ、いま入浴中じゃて、またあとからの」
迷惑である。
といいたげな素振りでぴしりと戸を閉めた。おまけに、中で錠をおろす音までする。しかたなくふたりは家にもどり、煮物を涼しい場所におき、次の日まで待つことにした。翌日ころあいを見計らって出かけると、こんどは、手があいていたらしく、老婆は、それでもしぶしぶ、来客の相手を玄関先でした。
老婆の背中は下方にうねり爺さんの膝ほどに顔があった。両の脚が胸のあたりで下に折れるその姿は、ちょうど、相撲取りが腰をかがめてしこを踏み尻を持ち上げたような恰好で、見ようによっては巨大な竈馬(カマドウマ)が敵を食おうと飛びかからんとして構えてもいるようでもあり、そのあまりの奇怪さに面食らった爺さんは、おたくの隣に住む花咲です、と言おうとしたが、言葉が詰まった。緊張すると爺さん、ドモる癖がある。
「おおお、お隣に住む、花咲と申します。以後、お見知りおきを」
「お隣とはなんじゃ!」すかさず老婆は目を剥き恫喝し、爺さんの言葉のもつれに難癖をつけてきた。「自分のことを言うのに、お、とはなんじゃ、お、とは。と・な・りで十分じゃ。ーーっつたく、謙譲語の使い方も知らぬは、ペッ」
爺さんと婆さんは老婆の薮から棒の叱責にたじろいだ。婆さんはあわてて、身を乗り出し、
「あの、これを」
きのう作った筑前煮の入った重箱を差し出した。それを見た老婆はしきりに鼻を動かした。
「がめ煮じゃの。里芋、蓮根、人参、牛蒡、蒟蒻。それから、鶏まで入っておるの」
「いかにも」
「して、」
と、老婆はこれから起こるであろう愉悦の期待を押し殺しながら、これがなんじゃ、と言った。
「お近づきの印にと思いまして」
婆さんが言うと、老婆はにわかに表情を崩し、笑みを造った。開いた口には、枯れる間近の花弁のように開ききり裏側が見えるほどそりあがって、めくれた歯が出てきた。老婆は、ひったくるように婆さんの手から重箱を取ると、逃げ去るようにさっさと奥にひっこんだ。
その蓮っ葉な振る舞いに、爺さん、これは要注意と肝に銘じた。ところが、爺さん、根っからのお人好し。それから先もこの老婆に会うと、つい、陽気な声で剽軽に振る舞い、
「今日は、ごきげんいかが?」
などと、お調子をとった。それで、老婆はこの爺さんをすっかり顰蹙し、へっ、と鼻でせせら笑った。
「あの、まだお名前をうかがっておらんじゃってにぃ、もしさしつかえなければぁ、と思いまして・・・」
ニコニコ柔和な笑みを浮かべながら爺さん、老婆にたずねますと、老婆は、これは頓珍漢なことを聞くと言わんばかりに、まるで福笑いのように眉をチグハグにゆがめ、黒い鼻の穴を3倍ほどにふくらませ、きーききききと声を立てて笑うのだった。なにがおもしろかったのかわからなかった爺さん、きょとんとした顔でいたので、老婆はますます腹をかかえて、おまけにベロをM型に一尺ほど伸ばして笑うのだった。
「あのお、なにがそんなに・・・」
「ぶあかか、おんしは!」
老婆がいきり立った。そうして、破裂せんばかりに声を張り上げた。その拍子に、今にも取れそうにそりかえっていた歯のいっぽんがはじけ飛んだのだが、老婆は気がつかなかった。
「ええか、よく聞け。この広い広い草原に、家はおめえんとこと、ワシんとこのふたあつしかねえけ。互いに、おとなりさんで、ええではないか!」
「そそそ、それはそうですね」
人の好い爺さん、すごすご納得してしまいました。しかし、これが波乱の第一番目の引き金になったのに気づける由(よし)もありません。
そしてさらに厄介なのがまだ一度も姿を現さないこの老婆の連れで、これがまた老婆に輪をかけたようなたいそうな偏屈者であることも、爺さんと婆さんは夢にだに見ることができませんでした。
その時、シロがわんわん吠えた。
「それでは、おいとまいたしますです、ハイ」
丁寧におじぎをしながら爺さん、どうしたんだいなどと言いながらシロのもとにかけよります。もちろんシロは、ご主人のピンチを救う助け船を出したのでした。
