川の始まりが気になった。
学生時代、熊本の白川水源を友達と見に行ったことがある。阿蘇まで車を走らせて白川吉見神社という所に到着した。私の記憶に間違いがなければ、この川の始まりは境内にある白い砂地から湧き出す地下水だった。川の始まりとはこんなものか、と思ってそれ以上興味をもたなかった。
しかし今から十年くらい前、私は川釣りに凝ったことがある。渓流で山女魚を釣った。全体にうっすらと赤みがさし、縦に太い筆で描いたような黒い斑紋が並んでいる、なんとも美しいデザインをしていた。それは焼いて食べるとアジに似た味がした。
山女魚をもとめて、だんだん上流にのぼって行って川のほとりに腰を下ろして釣り糸を垂れていると、だんだん釣りよりも川の音に耳を澄ますようになったた。
海の音とはちがう、独特の周波数を持つ、どこかせっかちなせせらぎ。その音に聴き入っていると、この川はどこから始まっているのだろうと疑問をもったのだった。そうして私は行けるところまで車で、アスファルトの切れる細い山道は歩いて登り、川伝いに山をずっと遡っていった。
川幅はどんどん細くなった。きっと白川のように泉のような穴があいていて、そこからぽこぽこ水が湧き出しているのだろうと想像していた。ところが、いつしか川はなくなった。流れがなくなり、にょうろにょろとした凹みがつづき、ついには2メートルくらいの円状の水たまりになった。境目ははっきりしなかったが、とどの詰まりには山肌があっただけだった。
それでも私は、急勾配をもっと上へ上へと登っていった。笹の群落があったり、細い杉の幼樹がところどころにあるだけで、とうとう私は山のとっぺんに到達した。吹き下ろす風がなぶるように私の頬をすぎる。川は完全に消失していた。
では、あの大量の水はどこから来るのか。
私はただ黙って空を見上げるしかなかった。
そこには、雲があった。
青い空にけぶるように綿のような白い雲がわきたっている。川の始まりは、あの雲なのか。時にあれが雨雲となって雨を降らし、それが山に落ちる。その雨水は山の土や落ち葉にしみこむ。山の至る所に保持しきれなくなった水分が川の横から川に参入し、やがて流れができる。そうして水かさを増していくと立派に川の条件を満たすのだ。では、その雨雲はどこからくるのか。
海の水が太陽の熱で蒸発してできるものらしい。けれども、海の水は川の水が流れていったものだ。
なんだ、川の初源は川じゃないか。
馬鹿馬鹿しいほど当たり前の結論に私は達したのである。
あるいはこの川の始まりは雲とも言えるし、海とも言えるのかもしれない。いや、この空気中を指さしてもあながちまちがいではない。ここに含まれる水蒸気も川になることもあれば、川だったこともあるのだろう。私は山を下りた。
家に帰った私は、水道の蛇口からコップに水をついだ。口にもっていこうとして、ハタと気がついた。今ついだばかりのこのコップの水。これも立派な川なのだ。川の始まりなのだ。
そう思って、私はぐっとそれを飲み干した。まるで、地球の全てを体内に取り込んだ気がした。
学生時代、熊本の白川水源を友達と見に行ったことがある。阿蘇まで車を走らせて白川吉見神社という所に到着した。私の記憶に間違いがなければ、この川の始まりは境内にある白い砂地から湧き出す地下水だった。川の始まりとはこんなものか、と思ってそれ以上興味をもたなかった。
しかし今から十年くらい前、私は川釣りに凝ったことがある。渓流で山女魚を釣った。全体にうっすらと赤みがさし、縦に太い筆で描いたような黒い斑紋が並んでいる、なんとも美しいデザインをしていた。それは焼いて食べるとアジに似た味がした。
山女魚をもとめて、だんだん上流にのぼって行って川のほとりに腰を下ろして釣り糸を垂れていると、だんだん釣りよりも川の音に耳を澄ますようになったた。
海の音とはちがう、独特の周波数を持つ、どこかせっかちなせせらぎ。その音に聴き入っていると、この川はどこから始まっているのだろうと疑問をもったのだった。そうして私は行けるところまで車で、アスファルトの切れる細い山道は歩いて登り、川伝いに山をずっと遡っていった。
川幅はどんどん細くなった。きっと白川のように泉のような穴があいていて、そこからぽこぽこ水が湧き出しているのだろうと想像していた。ところが、いつしか川はなくなった。流れがなくなり、にょうろにょろとした凹みがつづき、ついには2メートルくらいの円状の水たまりになった。境目ははっきりしなかったが、とどの詰まりには山肌があっただけだった。
それでも私は、急勾配をもっと上へ上へと登っていった。笹の群落があったり、細い杉の幼樹がところどころにあるだけで、とうとう私は山のとっぺんに到達した。吹き下ろす風がなぶるように私の頬をすぎる。川は完全に消失していた。
では、あの大量の水はどこから来るのか。
私はただ黙って空を見上げるしかなかった。
そこには、雲があった。
青い空にけぶるように綿のような白い雲がわきたっている。川の始まりは、あの雲なのか。時にあれが雨雲となって雨を降らし、それが山に落ちる。その雨水は山の土や落ち葉にしみこむ。山の至る所に保持しきれなくなった水分が川の横から川に参入し、やがて流れができる。そうして水かさを増していくと立派に川の条件を満たすのだ。では、その雨雲はどこからくるのか。
海の水が太陽の熱で蒸発してできるものらしい。けれども、海の水は川の水が流れていったものだ。
なんだ、川の初源は川じゃないか。
馬鹿馬鹿しいほど当たり前の結論に私は達したのである。
あるいはこの川の始まりは雲とも言えるし、海とも言えるのかもしれない。いや、この空気中を指さしてもあながちまちがいではない。ここに含まれる水蒸気も川になることもあれば、川だったこともあるのだろう。私は山を下りた。
家に帰った私は、水道の蛇口からコップに水をついだ。口にもっていこうとして、ハタと気がついた。今ついだばかりのこのコップの水。これも立派な川なのだ。川の始まりなのだ。
そう思って、私はぐっとそれを飲み干した。まるで、地球の全てを体内に取り込んだ気がした。
