どうも突然なんだけど、
わたしは、どうやら、
『あらゆる場所や時間に偏在する』
という経験をしたがっていないようだ。
わたしは、
『私』
を経験したがっているし、している。
これをおおいに望んでやっている。
『あらゆる場所や時間に偏在する』という経験は、
特に難しいことでも(もちろん容易なことでも)ない。
いつでもできるのだ。
むしろ、その時間の方が長い。
けれど、『私』という経験は、とても貴重だ。
ほんのある一時期しかできないことなのだ。
宇宙の誰でもができるわけではない。
本当に在り難いことだ。
すべての中から、好きに選んで、『私』で在るなんて、
宇宙の中を見渡しても、そうそうあるものではない。
「こんな『私』でも」などという謙遜は、
もう、本当に、眠りこけた人しか言えないことだ。
そのことをふっと思い出した時、
私はナルシストでかまわない、と思った。
わたしは、『私』が好き。
大好きだ!
わたしは、どうやら、
『あらゆる場所や時間に偏在する』
という経験をしたがっていないようだ。
わたしは、
『私』
を経験したがっているし、している。
これをおおいに望んでやっている。
『あらゆる場所や時間に偏在する』という経験は、
特に難しいことでも(もちろん容易なことでも)ない。
いつでもできるのだ。
むしろ、その時間の方が長い。
けれど、『私』という経験は、とても貴重だ。
ほんのある一時期しかできないことなのだ。
宇宙の誰でもができるわけではない。
本当に在り難いことだ。
すべての中から、好きに選んで、『私』で在るなんて、
宇宙の中を見渡しても、そうそうあるものではない。
「こんな『私』でも」などという謙遜は、
もう、本当に、眠りこけた人しか言えないことだ。
そのことをふっと思い出した時、
私はナルシストでかまわない、と思った。
わたしは、『私』が好き。
大好きだ!
