本当は、いまなのだ。


次も、本当なのだ。

その次も、本当だ。

その次の次も、本当にちがいない。

その次の次の次も、本当だと言い切れる。


次といったって、

どこかに行くんじゃない。

なんといえば、上にあがったり、下にさがったりするイメージだ。

しかも、ここにとどまったままだ。


どうしても、面積が必要なら、

次まで自分が広がっていく感覚だ。

次の次まで、自分が広がっていく。

次の次の次まで、自分が広がっていく。


本当は、いまなのだ。