きょうは、よう来てくれました。さっ、どうぞ、こちらに上がってください。おい、客人だぞ、お茶をもってきてくれ。ーーおい、返事くらいしたらどげんか。あ、これはどうも見苦しいところを見せまして、すまんことです。
さ、そこに座ってください。

娘を拝んでやってください、喜ぶと思います。なんまんだぶつ、南無阿弥陀仏、なんまんだぶつ、南無阿弥陀仏、・・・。おい、お茶。ーーもう、しかたのかなやつたい。ちょっと待っていてください。すぐにもってきますからーー。
さ、どうぞ、トウガンもあります。
みなさんにわざわざ来てもろうて、心から拝んでもろうて、娘もそうに喜んどると思います。ありがとうございます。・・・娘は、聡明な子でした。ーーどうか、この哀れな老人のはなしをきいてください。ええ、お聞き苦しいはなしだとは承知しております。こうしてアレの遺影の前で、まさか自分がこのようなはなしをするなどというのは、想像もできんかったことです、はい。はなすに忍びないと思うとります。ばってん、はなさんわけにはいかんのです。だれかに聞いてもらわんわけにはいかんのです。本当に申し訳なかことです。・・・娘は負けず嫌いで、なぜ自分は男に産まれなかったのか、それが悔しいとたびたび言うとりました。ーーすみません、何日も眠っておらんので、こうして目の下に黒いクマができてしまいました。家内も一緒です。ほうに気を落としていましての、みなさんの前にでてきたがらんのです。許してください。
アレは勉強ができましての、いつも中学ではクラスで一番でした。なんでもよく知っていまして、特に英語と日本史がよくできました。こうして目を閉じますと昔を思い出します。かわいかった娘の幼いころのことを鮮明に思い出すとです。もっとやりたかことがあったはずなんです。アレは自分が生きていた証をなにか残したとじゃろうか、ときいてみたくなります。・・・申し訳ありません。つい涙がこぼれてきました。朝は早くから起きて、テレビの英会話を観ておりました。毎日です。すこしは休めと言ったくらいです。体育も得意で、水泳は近くのスイミングスクールに通っていました。走るのはあまり早くなかったですな。それに鉄棒はできなかった。これだけが唯一娘が苦手にしていた分野ですな。あとはよくできた。西南の役が何年かと聞けば、響くように、何年と答えるんです。娘は大学に入っても、よく勉強しておりました。周りの学生が遊び呆けているのを大そう怒っておりました。大学は勉強するところなのにみな遊んでばかりいる、自分はああはなりたくないと。娘は大学もちゃんと自分で調べて、決めて行きました。小学校のときの先生に憧れて、自分もそういう先生になりたいと、教師を目指して広大と埼玉大と受けて両方通りました。結局、埼玉の方に行ったんですが、それもいろいろ調べた上での選択です。
アレは私に似ておりましての、やりだしたら成果をだすまでやめんのです。意地っぱりなところがありました。自分の道を決めきらんのに、目標が高すぎたのかもしれませんな。目標が高いことは悪いことではないんでしょうが、それはあくまで自分の道を決めたあとのことです。なんでもかんでも熱心にやる性格がわざわいしたのかもしれんです。いや、でも、そげん風にはおもいとうなかです。アレがまちがっとったとはおもいとうなかです。アレは正しかったとです。なにもまちごうておりません。
俺はいまでは、こうして長崎の試験場の研究員をやらせてもらっとりますが、家が貧しくて学費を払う余裕がありませんでな、泣く泣く進学を断念して、仕事をいくつか経験するあいだに独学で化学と微生物を学びまして、その功績をかわれて、自分で言うのもなんですが、試験場に一室もうけられました。裸一貫から認められたという自負がありまして、そういう意味では娘を羨ましく思っとりました。俺は追い込まれてこげん人生ば歩まざるをえんかったとばってん、娘にはいくつも選択肢があったとが、かえっていかんやったのかもしれなかです。他の若者んごと、好きなことば安易にやっておったらよかったとです。深くかんがえんと、いきあたりばったりでやるとも人生なのかもしれんです。性格は俺に似ておったけれど、俺とは時代も境遇もちがっとたけん、ちがうやり方でよかったとです。一途にやっていくのはいまどき流行りませんでしょ。怠けて遊んでばかりおる若者が長生きして、娘のように熱心な人間が早死にするのは不公平です。そげん、思うてしまうとです。
すみません。茶を飲みます。どうぞ、みなさんも。菓子も食べてください。
娘はまだ二十四歳でした。大学院を了えて、アメリカに留学する矢先に、突然心臓が止まってしもうたとです。原因は分かりません。本当に突然。最近はこの家におったんですが、私がかけつけた時にはもう冷たくなっていました。親不孝な娘です。親の死を見るという辛さを味合わなかとは親不孝なんだと思います。私もつい最近自分の母親の葬式ば出したばかりでして、その悲しみが薄れたと思うたら、今度は自分の娘でしょ、やりきれんです。ババが冥土によんだんだろうと言う人もあったばってんが、そげな迷信めいたことはありはせんです。どんな理屈をつけたところで、アレはもどってはこんのです。逝ってしもうたんです。
アレは一人娘じゃったけん、俺たちは、妻も、孫の顔を見るこつはできんとです。老後になんの楽しみもなかごつなりました。なしてこげな不幸ば自分が背負わんといかんのじゃろう。・・・申し訳なかとです。愚痴ってしもうて。
福祉の仕事をしたいと言っておりました。マザーテレサに憧れて、それで渡米することに決めていたんです。あと一週間で飛行機にのる予定でした。娘は教師になるのが夢じゃったとばってん、福祉の仕事をしたいと言い出したんですな。アレのことだからいろいろ調べて、悩んだのだと思います。それでなかったら小説家になりたいと幼いころから言っていました。本をたくさんもっていました。図書館が作れるくらい。部屋には入り切れなかったもんですから、階段の下やら、押入やら、少しでもスキマのあるところには置いておりました。老後はアレの記念館でも作ってやろうかとも思っています。笑わなんで下さい。親ばかを本気でしてやろうと思っているとです。マザーテレサに憧れたなら、福祉の勉強をしにアメリカまで行かずに、すぐにそれをやりだせばよかったじゃないかと、思われるのはよく分かっています。小説家になりたいなら、なりたいと言う前に、書いていればいいことです。いつまでたっても勉強ばかりしてやりださんのは愚かなことかもしれません。しかし、いまさらそうやって叱ることもできんのです。
親としてしてあげられることを総てしてあげただろうかという後悔もあります。一緒にいる時間ば最大限にとる努力をしていたかと、口惜しくなるとです。
体は丈夫な子だったとです。毎日体を鍛えておりました。ジョギングは欠かさずやって、腹筋、背筋もやっておりました。近くのスポーツジムにときどき通って、水泳もしておりました。それが交通事故ならまだしも、ただ心臓が停まってしまったというのは信じられんです。
焼くとき、家の者はとても見ていられないと中まで入っていかれなかったんですが、私は入らざるを得ませんでした。それはきれいなものでした。頭蓋骨はそっくりそのまま残っていました。歯も焼けてくずれ落ちたときに奥歯が一つ二つ欠けたくらいで、残りはそのままついていました。のど仏も溶けてしまわず、台の上に残っていました。それは珍しいことなのだそうです。つい先日、母を焼いた時には何も残っていませんでした。人の形に灰がふっていただけです。若かったんですな。娘は食事にも気を使っていましたから、カルシウムのよけいに入ったものをと、めざしを頭から食べていました。昆布やひじきも好んで食べていました。本当に焼いてしまうのがもったいないくらいです。
どうして死んだのか、と訪問客に尋ねられるけど。答えようがないんです。ただ、心臓が停止しただけなんです。どこも病気のところはなかったですけん。一病息災と言いましてかえってなにかの持病があった方が長生きするものです。こんなことなら娘にもなにか持病があってくれていたらと思います。そうすればほどほどにがんばって、ほどほどに休もうという気になったのかも知れません。
二十四まで育てた娘を亡くして、家内も後を追って死のうごとある心境でしょうな。
ねむるのが恐ろしうて、ねむれんとです。もう限界というところまで起きているよりしかたなかです。喪が明ければ仕事には行かないわけにはいきませんが・・・。ひとりきりになって布団にはいると、つい思い出して要らぬ想像ばかりしてしまうとです。目が覚めたとき、また娘の亡くなったことを思い出して、その現実ば直視しなおさなければならんという恐怖にとりつかれるとです。
どうして死んだのかといえば、娘が自ら死にたかったと思わないなら、やっていけんです。自分の意志で心臓を止めたと思わなかったら、俺自身をなぐさむることなど、できんです。娘はこの世に生きとるあいだに自分のしたいこと、すべきことを全部やって逝ってしもうたと、思わなかったら、俺があすから生きていけんです。娘は短い間に全部やってしもうたんです。
ひとは生き返ると言われます、もちろん、それまで宿っていた肉体にふたたび戻るとじゃなくて、べつの赤ん坊としてどこかに産まれるんだと思います。輪廻転生ば俺はうたぐっていたとばってん、そげんでもおもわんことには希望がなかとです。もう、どこかで産まれかわっとるかもしれんです。数年したらその子がおおきうなって、はなすごつなって、どこかで俺と偶然出会うかもしれません。俺と親子だったことはすっかり忘れておるかもしれませんが、その子と会ったら、俺はこげんいうてやります。今度は無理ばせんと、気楽に生きていけよ、と。
ーーおっ、なんだ、すみません。向こうの部屋で家内が手招きをしておりますけん、ちょっと座をはずします。

お待たせしましたーー。
俺が娘の話ばすっけん、それが耳にはいってきて、また思い出したらしかけん、今日の所はどうぞおひきとりください。はよ、帰ってもらえというとります。申し訳なかです。
帰られる前にあれば見て下さい。
あの川縁に真っ赤な曼珠沙華が点々と咲いております。例年になく鮮やかに咲いております。俺には、娘が天国に通っていって行った足跡のごとおもゆるとです。

言われて見ると、家の前にある川は堆積物で細くなり、その上を覆い尽くすように草が茂っていた。そこにたしかに、こちらから向こうの土手に連なって赤い彼岸花が点々と咲いていた。