問題が分からないのが問題だ、

そんなふうにおっしゃる方がいらっしゃいます。

けれども分からない問題をわざわざねつ造する必要はありません。

これからどう在るのを望むのか、そしてそう在るとは、

どのくらい大きく、明るく、強く、静かであるということなのかを、

醒めた眼で見抜くことの方がよほど大事です。

原因を探っていって、それを解決しようとしても、

原因の原因、さらにその原因、そのまた原因と、

過去に過去にさかのぼっていっても、キリはありません。

外に外に求めても、キリがありません。

どうせキリがないのなら、

内に内に深くわけいって、

今に今に居座って、

どんどん楽しくなっていった方が望むところではありませんか?

問題が分からないのなら、

それは幸せなことなんです。

解決するべきことなんか、ありません。

軽く、無邪気で、陽気になっていく状態を

思い出していけば、それでいいんじゃないかと思います。

重く、邪悪で、沈欝な状態になったことがあるからこそ、

もう、それを選んでもいい時機なのではありませんか。

忘れていた記憶は、過去にではなく、

むしろ未来にあって、

それは私たちそのもの、スピリットにあるのです。

未来にはおそろしく進化して、

この宇宙の創造神を超越したあなたがいるので、

それの持っている記憶を思い出しましょう。

問題が、問題に見えなくなるくらいの

猛烈に賢い知恵を

思い出すはずです。