「俺は絵描きが大嫌えなんだよ。おやじのやつが絵にかぶれてよ、そのお陰で俺は苦労したんだ。絵描きなんか、クソだ!」ぺっと、青年は痰を吐きかけてきました。
自分とはなんの関係もない男の恨みを、ハインツは買ってしまいました。どうしてボクが悪いんだ? 思ったことをちょっと言ってみただけじゃないか。それに、ボクはこんなに一生懸命働いているではないか。どうせボクには災難ばかりふりかかるんだ。どうしてボクが望まないのに嫌なことがあっちからやってくるんだ? 「いこうぜ」青年たちはハインツの金をもって酒場の方に向かいました。
ハインツは起き上がりましたが、顔面に言い様もない苦痛を感じました。前歯が二本抜けていました。あばら骨もちくちく痛みます。教会の鐘がなりました。いけない。遅刻すると親方にどやされる。
胸を押さえ、小走りでハインツは道を急ぎました。
三分遅れたハインツを親方はおもいっきりスパナで殴りつけました。ギャングに遭遇しなければ、じゅうぶんに間に合っていたのです。ハインツは出かかった声を飲み込み唇をかみました。親方はアゴを叩く職人をこの上なく嫌っていました。
ハインツはいつものようにトロッコで荷物を運び始めました。不当な因縁をつけられ金まで取られた挙げ句、そのせいで仕事に遅れ、親方にも殴られた。ハインツは自分の不運を嘆きました。
みんなボクのことを分かってくれないんだ。そうさ、ボクの絵はコンクール向きではないんだ。そうさ、ボクの絵はボクしか分からないんだ。口からは血がしたたり落ちてきました。スパナで殴られた側頭部はじんじんしてきて、気が朦朧となるほどです。ボクの絵は芸術なんだ、芸術はそんなに多くの人には理解できるはずがない。ゴッホだって生前には誰にも認められなかったではないか。ボクの絵もボクが生きている間には誰にも分からないんだ。それほどボクの絵は高尚なんだ。下衆どもにはわかりっこない。ボブの絵は商業主義の薄汚い商売のネタにされたらいいんだ。怒りは全てボブに向かうのです。あの豚、養豚場で餌でも食ってろ。ボクは心底絵が好きなんだ。絵を描ければそれでいいじゃないか。他人に認められなくても、続けていることが大事なんだ、とハインツは思いました。けれども、あふれるようにわいてくる思いの全部が、自分を慰めているだけだということをハインツは心の奥底では感じていたのです。
「いっしょに新しい芸術をめざそうね」
「うん」
五年前、ふたりで誓ったあの丘のことをハインツは思い出していました。あんなに純真に希望をいだいていた自分などクソ食らえです。いまは自分が醜くて、汚くて厭でしかたがありません。なにをやっても自己嫌悪に陥るのです。自信がもてず、すぐに落ち込み人目をはばからず泣いてしまうのです。ハインツはトロッコの押し手をつかんだまま崩れるようにひざまづき、嗚咽をあげました。
「おかえり・・・」
夜中に仕事を終えて部屋にもどったハインツにボブは弱々しく声をかけました。ハインツはそれをむっつりして無視しました。ボブはソファーに寝そべってラジオの音楽を聴いていました。人が汗水たらして働いているときに涼しい部屋で娯楽にふけっているのか、優雅なことだ。ボブのすることなすことすべてが気にくいません。
「ハインツ・・・、絵が、完成したんだ」
ボブが言いました。
「ほほう?」
「君に観てもらいたくて、一番信頼のおけるひとだから・・・」
自分とはなんの関係もない男の恨みを、ハインツは買ってしまいました。どうしてボクが悪いんだ? 思ったことをちょっと言ってみただけじゃないか。それに、ボクはこんなに一生懸命働いているではないか。どうせボクには災難ばかりふりかかるんだ。どうしてボクが望まないのに嫌なことがあっちからやってくるんだ? 「いこうぜ」青年たちはハインツの金をもって酒場の方に向かいました。
ハインツは起き上がりましたが、顔面に言い様もない苦痛を感じました。前歯が二本抜けていました。あばら骨もちくちく痛みます。教会の鐘がなりました。いけない。遅刻すると親方にどやされる。
胸を押さえ、小走りでハインツは道を急ぎました。
三分遅れたハインツを親方はおもいっきりスパナで殴りつけました。ギャングに遭遇しなければ、じゅうぶんに間に合っていたのです。ハインツは出かかった声を飲み込み唇をかみました。親方はアゴを叩く職人をこの上なく嫌っていました。
ハインツはいつものようにトロッコで荷物を運び始めました。不当な因縁をつけられ金まで取られた挙げ句、そのせいで仕事に遅れ、親方にも殴られた。ハインツは自分の不運を嘆きました。
みんなボクのことを分かってくれないんだ。そうさ、ボクの絵はコンクール向きではないんだ。そうさ、ボクの絵はボクしか分からないんだ。口からは血がしたたり落ちてきました。スパナで殴られた側頭部はじんじんしてきて、気が朦朧となるほどです。ボクの絵は芸術なんだ、芸術はそんなに多くの人には理解できるはずがない。ゴッホだって生前には誰にも認められなかったではないか。ボクの絵もボクが生きている間には誰にも分からないんだ。それほどボクの絵は高尚なんだ。下衆どもにはわかりっこない。ボブの絵は商業主義の薄汚い商売のネタにされたらいいんだ。怒りは全てボブに向かうのです。あの豚、養豚場で餌でも食ってろ。ボクは心底絵が好きなんだ。絵を描ければそれでいいじゃないか。他人に認められなくても、続けていることが大事なんだ、とハインツは思いました。けれども、あふれるようにわいてくる思いの全部が、自分を慰めているだけだということをハインツは心の奥底では感じていたのです。
「いっしょに新しい芸術をめざそうね」
「うん」
五年前、ふたりで誓ったあの丘のことをハインツは思い出していました。あんなに純真に希望をいだいていた自分などクソ食らえです。いまは自分が醜くて、汚くて厭でしかたがありません。なにをやっても自己嫌悪に陥るのです。自信がもてず、すぐに落ち込み人目をはばからず泣いてしまうのです。ハインツはトロッコの押し手をつかんだまま崩れるようにひざまづき、嗚咽をあげました。
「おかえり・・・」
夜中に仕事を終えて部屋にもどったハインツにボブは弱々しく声をかけました。ハインツはそれをむっつりして無視しました。ボブはソファーに寝そべってラジオの音楽を聴いていました。人が汗水たらして働いているときに涼しい部屋で娯楽にふけっているのか、優雅なことだ。ボブのすることなすことすべてが気にくいません。
「ハインツ・・・、絵が、完成したんだ」
ボブが言いました。
「ほほう?」
「君に観てもらいたくて、一番信頼のおけるひとだから・・・」
