ふと思いついたことなので、あまり深く追及されると困ってしまうのですが、
現実について、
5次元の人たちは、パラレルアース(ワールド)にシフトしたという言い方をするし、6次元の人たちは、現実の創造という言い方をするように思います。自分の思いに等価な物がそこに創られるということです。つまり等価交換、錬金術です。
同じことを『引き寄せ』と言う人もありますが、これはあるいは5.5次元なのかもしれません。
それで私はどれが好きかといえば、2番目です。
5次元より6次元の方が優れているということでもないでしょう。好みの問題です。どこかに行ったり、どこかから持ってきたりするより、そこに創り出すというイメージが私にはしっくりくるというだけです。どの見方にしろ、現実は自分次第だということを表しているのだと思います。彼らの住んでいる雰囲気が3次元より薄く精妙であるので、おのおのそんなふうに感じるのではないかと思います。
いずれにしろ、私が主体となって、自分や自分たちの現実をつくりだして経験していることにちがいはありません。わたしたち3次元にいる人は、そのことを忘れるという経験をすることも可能でありますが、彼らの領域にいると、忘れるわけにはいかなくなるのでしょう。
現実は100パーセント他人によってつくられ、自分はそれに翻弄されているしかできない。と見なすのが、忘却という経験です。したがって、責任をもつとは、自分でつくりだしていることを明確に認めるということで、これは誰でも知っています。特に他人のことについてはよく知っています。
さて、5とか6次元の人たちの描写の仕方は、超科学的でありますが、3次元の私たちも死んでとりあえず4次元にいけばすぐに理解することです。3次元にいてさえ、時間差はありますが実感することがあります。でも、固くて重たいイメージがあるので、たいていはあきらめてしまって、動かし難い壁として認知されていたりします。
けれども、もうすこし柔らかく広い視野から言い直しているだけで、あたりまえのことばかりです。別次元のとらえ方を提示されると、意味が明りょうになります。わかった気がします。使える気がします。でも、それだけのことなんだと思います。宇宙時代になってきて、彼らの知恵が明かされてきましたが、別次元の来訪者を恐れることもないし、ありがたがることもありません。生まれつき誰でも知っていることを外国語で話しているだけのことだと思います。明治の開国と同じようなことが起きているのにすぎません。
しょせんは、誰かの夢の中で自分の夢を見ているだけなんだと思います。彼らの見方からすれば、わたしたちが自分の夢を見るのを現実と呼び、誰かの夢と同化した状態を夢遊病というのでしょう。わたしたちは、逆に呼んでいますが。
彼らは明確に意識して自分の夢を見ているひとびとであって、私たちは眠ったり起きたりしている。それもまた現実の作り方のひとつです。
どっちでもいいんじゃないか、と思ったりします。
現実について、
5次元の人たちは、パラレルアース(ワールド)にシフトしたという言い方をするし、6次元の人たちは、現実の創造という言い方をするように思います。自分の思いに等価な物がそこに創られるということです。つまり等価交換、錬金術です。
同じことを『引き寄せ』と言う人もありますが、これはあるいは5.5次元なのかもしれません。
それで私はどれが好きかといえば、2番目です。
5次元より6次元の方が優れているということでもないでしょう。好みの問題です。どこかに行ったり、どこかから持ってきたりするより、そこに創り出すというイメージが私にはしっくりくるというだけです。どの見方にしろ、現実は自分次第だということを表しているのだと思います。彼らの住んでいる雰囲気が3次元より薄く精妙であるので、おのおのそんなふうに感じるのではないかと思います。
いずれにしろ、私が主体となって、自分や自分たちの現実をつくりだして経験していることにちがいはありません。わたしたち3次元にいる人は、そのことを忘れるという経験をすることも可能でありますが、彼らの領域にいると、忘れるわけにはいかなくなるのでしょう。
現実は100パーセント他人によってつくられ、自分はそれに翻弄されているしかできない。と見なすのが、忘却という経験です。したがって、責任をもつとは、自分でつくりだしていることを明確に認めるということで、これは誰でも知っています。特に他人のことについてはよく知っています。
さて、5とか6次元の人たちの描写の仕方は、超科学的でありますが、3次元の私たちも死んでとりあえず4次元にいけばすぐに理解することです。3次元にいてさえ、時間差はありますが実感することがあります。でも、固くて重たいイメージがあるので、たいていはあきらめてしまって、動かし難い壁として認知されていたりします。
けれども、もうすこし柔らかく広い視野から言い直しているだけで、あたりまえのことばかりです。別次元のとらえ方を提示されると、意味が明りょうになります。わかった気がします。使える気がします。でも、それだけのことなんだと思います。宇宙時代になってきて、彼らの知恵が明かされてきましたが、別次元の来訪者を恐れることもないし、ありがたがることもありません。生まれつき誰でも知っていることを外国語で話しているだけのことだと思います。明治の開国と同じようなことが起きているのにすぎません。
しょせんは、誰かの夢の中で自分の夢を見ているだけなんだと思います。彼らの見方からすれば、わたしたちが自分の夢を見るのを現実と呼び、誰かの夢と同化した状態を夢遊病というのでしょう。わたしたちは、逆に呼んでいますが。
彼らは明確に意識して自分の夢を見ているひとびとであって、私たちは眠ったり起きたりしている。それもまた現実の作り方のひとつです。
どっちでもいいんじゃないか、と思ったりします。
