鈴虫やクワガタ虫、かぶと虫を飼っている人は多いと思うが、僕は目の中にカを飼っている。
飛蚊症というのだそうだ。
はじめてそのことに気がついたのは、小学校の2ねんくらいの時だった。
仰向けになって、太陽に照らされていると、糸くずみたいな物が、一斉に踊り出す。
眼球を動かすのに合わせて、一糸乱れぬ身のこなしで数本のくろっぽい糸が舞うのである。
これはなにかとずっと考えていたのだけれど、中学か高校かのときに、きっと僕はおそろしく視力が良いので、実際ぼくは2.0だったのだが、眼球の表面についたホコリさえも見えるのだな、と思って納得していた。
それが、目の中のゼリー状の充填物が、眼底から浮いているために見えるのだと知ったのは、三十いくつの時だった。とても腕の良い女医さんが教えてくれたのだった。大学になったころには、視力が0.2に落ちていたのに、依然として目の表面が見えるという仮説をくつがえすことなく、近視になったから、かえって近くがよく見えるようになったのだろうくらいに思っていたのだった。病名を聞けば、たしかに目の中を蚊が飛ぶのである。
司馬遼太郎というひとは、戦時中、これを敵機と見間違えて大砲で撃ったそうだ。
腹の虫とか耳元でささやく虫とか、そういうのだったら、自分も飼っていると思う人もあるかもしれない。
しかしさらに僕はもう一匹、体の中に虫を飼っているのである。この虫には名前がない。頭の中心、右脳と左脳の境目辺りにいるようだ。時々まるでおなかが減った時に鳴る、きゅるるるるというあの音に似た音で鳴くのである。腹の虫には二種類いるけど、頭の中にいるこの虫は、どうやらおなかが空いた時に鳴く方の虫に似ているのではないかと思ったりもする。もしかすると、食べ物のかわりに知識が足りなくなったよ、と報せているのかもしれない。ふとした拍子に鳴き始める。もちろん、外にいる人には聞こえようもない。痛くもなければかゆくもない。特に問題はないのであるが、こう付け足しておかないと頭がおかしいのだと思われそうだから言うけれども、この虫のせいで僕は頭がおかしいんだろう。
まだ僕は鳴く虫を頭の中に飼っている人とは会ったことがないが、いったいなにゆえに鳴くのか、こればかりは他人と共感のしようがない。
呼び鈴ブザーと間違えて、満面の笑顔で玄関の扉をあけてしまわぬよう、よく耳を澄ましておこうと思うのである。
飛蚊症というのだそうだ。
はじめてそのことに気がついたのは、小学校の2ねんくらいの時だった。
仰向けになって、太陽に照らされていると、糸くずみたいな物が、一斉に踊り出す。
眼球を動かすのに合わせて、一糸乱れぬ身のこなしで数本のくろっぽい糸が舞うのである。
これはなにかとずっと考えていたのだけれど、中学か高校かのときに、きっと僕はおそろしく視力が良いので、実際ぼくは2.0だったのだが、眼球の表面についたホコリさえも見えるのだな、と思って納得していた。
それが、目の中のゼリー状の充填物が、眼底から浮いているために見えるのだと知ったのは、三十いくつの時だった。とても腕の良い女医さんが教えてくれたのだった。大学になったころには、視力が0.2に落ちていたのに、依然として目の表面が見えるという仮説をくつがえすことなく、近視になったから、かえって近くがよく見えるようになったのだろうくらいに思っていたのだった。病名を聞けば、たしかに目の中を蚊が飛ぶのである。
司馬遼太郎というひとは、戦時中、これを敵機と見間違えて大砲で撃ったそうだ。
腹の虫とか耳元でささやく虫とか、そういうのだったら、自分も飼っていると思う人もあるかもしれない。
しかしさらに僕はもう一匹、体の中に虫を飼っているのである。この虫には名前がない。頭の中心、右脳と左脳の境目辺りにいるようだ。時々まるでおなかが減った時に鳴る、きゅるるるるというあの音に似た音で鳴くのである。腹の虫には二種類いるけど、頭の中にいるこの虫は、どうやらおなかが空いた時に鳴く方の虫に似ているのではないかと思ったりもする。もしかすると、食べ物のかわりに知識が足りなくなったよ、と報せているのかもしれない。ふとした拍子に鳴き始める。もちろん、外にいる人には聞こえようもない。痛くもなければかゆくもない。特に問題はないのであるが、こう付け足しておかないと頭がおかしいのだと思われそうだから言うけれども、この虫のせいで僕は頭がおかしいんだろう。
まだ僕は鳴く虫を頭の中に飼っている人とは会ったことがないが、いったいなにゆえに鳴くのか、こればかりは他人と共感のしようがない。
呼び鈴ブザーと間違えて、満面の笑顔で玄関の扉をあけてしまわぬよう、よく耳を澄ましておこうと思うのである。
