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やつがヤプーってニックネームをつけられているのも、たまたまじゃない。(その点じゃ、トッポも同じことだ)しかもその言い方が森羅万象、やつに関するすべてを言いふくめていると言っても過言ではない。まず、ヤの字をちいさく発音して、即座にアヒルぐちにした下唇を吹き矢でも吹くように軽く息を開放しながらプの字を送り出すと、下唇が突き出てビブラートする。これが、正式な発音の仕方らしいが、ちょうど、幼い女の子が不意に出したかわいらしいオナラと似ている。似ているけれども、それと異なるのは、音に若干のニヤニヤした感情がともなうことだ。ともかく、そう呼び始めた新聞配達の若者たちも、いやそれどころかやつ自身でさえ、どうして自分たちがヤプーをヤプーと呼びたくなったかまた呼ばれたくなったかについては、まるで知っちゃいない。もっとも、大学の仲間たちは、ちゃんと戸籍上の名前で呼んでいた。やつが、どんなにおかしな(奇妙で滑稽な)、普通の人間離れした行動をとったとしても。たしかに大学を中途で止しにして、定職にも就かず、かといってサボることもしないで、毎日シコシコ早朝に新聞でも配っていれば、理性的に判断してそういうことになるのかもしれないが、二十二だったやつは、映画監督になるって言い残して首都東京に単身上って行ったのである。全てをかなぐり捨てて。そのやつが、ヤプーって間の抜けた、そしてどこかケダモノ臭い名前になるなんて、どういうわけなのか。名は体を表すというお説教言葉をもってくるまでもなく、周りのやつらが、やつのどの側面で付き合おうとしているかが分かるというものだ。つまり、志を立てて東京くんだりまで行ったやつを、自分らをそう見なしているように、ただのあぶれ物としてモテアソビたかったということだ。ところが、やつはこのあだ名をたいそう気に入っていた。ときどき田舎に戻っては、まるで勲章でももらったかのように、自分についたアダナを自慢していたものだ。