
私は三重県に住んでいたとき、二匹の猫を飼っていた。キジトラと、白ネコだった。
私は、最初はペットに興味が無かった。私の家の庭に、心ない人間が、赤ちゃんの猫を捨てていったのだ。私の家族は、とてもかわいそうで、保健所に連れていくことはできず、飼うことにした。
ちょうど、受験勉強でクソ忙しい時だったので、実は、最初は「大変だな」と思っていた。だが、それは愚かなことだと後から気づいた。
偏差値や、年収も大切だろう。だが、ペットや子供は、一番の宝ではないだろうか?
二匹とも、とても甘えん坊で、足にスリスリしたり、私の指をなめたりしていた。仰向けの私の腹の上で眠ることもあった。
ある時、キジトラちゃんのほうが、紐を食べて腸につまらせた。手術をしても、助かるかわからないと言われた。ショックだった。その日は、泣き明かした。
私の住む田舎では、中高一貫校は遠くて通えない。私は非進学校(自称進学校)から一橋大学を目指していた。だが、多くの女子は、私を「キモイ」「ガリ勉」などと思っていたようだ。身長180cmのスポーツマンがチヤホヤされていた。田舎の人は、勉強することの意義がわからないのだ。これは、アメリカの田舎、バンス氏が書いた「ヒルビリー・エレジー」の世界も同じだろう。だから、格差は再生産される。私は、孤独だった。トラウマにもなった。男性にはこうした苦しみが無いかのように無神経なことを言う人がいるが、それは間違いだ。女性も、男性も、LGBTQも、みんな苦しいのだ。
だからこそ、私にとって、二匹の猫ちゃんは、かけがえのない存在だったのだ。決して失いたくはなかった。
キジトラちゃんは、奇跡的に一命をとりとめた。獣医さんには感謝しかなかった。
今は二匹とも亡くなった。私の家の墓には、二匹の猫が家族として、先に眠っている。