ひとり言
言葉って難しいですよね。
「当たり前のことを当たり前のようにする」以前こんなことをブログで書きました。
これは、例えば、私の物差しで他の人を見たとき、「僕にできるのだから、君にもできて当たり前だろう」という意味ではありません。
これから書くことは、賛否両論だと思いますが、あくまでも私の独り言だと思って読んでください。
できることは、人それぞれレベルがあります。
自身ができることをできる範囲で、当たり前のようにする。
人は、案外できることをサボってしまったり、おざなりにしてしまいがち。
でも、やれることを当たり前のようにしていると、自分に何ができて何ができないのか、あるいは、何が足りないのかが見えてくる。
そうすると、当たり前のことを、当たり前のようにする習慣ができていると、自ら、できないことをできるようにしようと意欲がわいてくる。努力する。
努力してもできなければ、自ら人に教えを請う。あるいは、人から見て学ぼうとする。
例えば、あいさつを当たり前のようにする。
当たり前のようにすれば、人のあいさつの仕方にも気が回る。
気が回れば、自分の挨拶の仕方と何が違うかが見えてくる。
もし、自分より元気が良かったり、そこに笑顔があるのなら、自分もそうしよう、自分もそうしなきゃと気付く。
逆に、元気がなければ、自分はどうだろうかと自身を省みる。
最近、我々は、受動的過ぎたり、他力本願的すぎるような気がする。(受動的、他力本願画ダメだといっているわけではありませんので、あしからず。)
それが、『当たり前のことを当たり前のようにする』ことで、もっと能動的になれるのではないかと思います。
そうすれば、もっといろんなことに対して積極的になり、首尾揚々になるのではないかと思います。