- サラとソロモン―少女サラが賢いふくろうソロモンから学んだ幸せの秘訣/エスター ヒックス
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上記書籍のP75から引用します。
賢いふくろうソロモンが少女サラに話しかけます。
人々は本当にいい気分でいたいんだ。
そしてほとんどの人々は、いい人間でありたいとすごく望んでいる。
ところがこの点が大きな問題なんだ。
それに対してサラ。
それ、どういう意味?いい人間でいることが、どうして問題になるの?
サラの疑問はごもっとも。ごく普通の話のように聞こえます。
そしてソロモンの回答は
それはね、サラ、人々はいい人間でいたいと望むからこそ、何が良いことなのかを決めるために、周りを見渡して、他の人々の生き方を観察しているんだ。自分たちの周囲の状況を眺めて、その状況の中に良いことだと思えることと、悪いことだと思えることの両方を見ている。
僕が気がついたことはね、人がいろいろな状況を眺めている時、それがよい状況でも悪い状況でも、ほとんどの人は自分がどう感じているかについて意識していないということなんだ。
そりゃそうですよね。目の前のことを眺めているときはたいてい
それに気がとられているもんです。
ソロモンは続けます。
自分が見ていることが自分をどのような気持ちにさせているかを意識している代わりに、いい人間になりたいという気持ちから、人々はいつも悪いことを探し出しては、それを遠ざけようとばかりしているのさ。それがどうして問題かっていうとね、人々が「悪いこと」だと思っているものを遠ざけようとしている間中ずっと、その人たち《苦しみの鎖》につながってしまっているからなんだ。
人々は、自分がどんなふうに感じているのかを意識していることよりも、いろいろな状況を観察したり分析したり比較したりすることの方にずっと関心があるんだ。そして、たいていの場合、その状況が彼らを《苦しみの鎖》の中に引きずり込んでしまうんだ。
そう、私たちは身の周りで起こった出来事に反応します。
いいことであればもちろん喜び、悪いことであれば落胆します。
場合によってはまだ見ぬ、起きてない事を想定して悪く、悪く
心配のタネを育てていきます。
そしてそれに振り回されているのが多くののパターンでは
ないでしょうか。少女サラも同じでした。
そしてソロモンに尋ねます。
正しくないことが起こっているのを見ないなんてことがどうしてできるの?
それからそれを見ても、いやな気持を感じないなんてことが、どうしてできるの?
ソロモンいわく
そういう疑問がわくのは実にもっとなことだ、サラ。いずれは満足のいくような答えをあげることにしよう。一度にこれを理解するのは簡単なことではないからね。少なくとも最初のうちは理解するのはむずかしい。
その理由は、君たちが状況を観察するように訓練されてきたからなんだ。でも観察している時に自分の気持ちに注意を向けるようには訓練されていない。だから周囲の状況が君たちの人生をコントロールしているように見えるんだ。何かいいことを観察しているなら、君はいい気持ちを感じるし、何か悪いことを観察しているなら、君はいやな気持を感じる。
自分の人生が周囲の状況にコントロールされているように見える時は、ほとんどの人はがっかりしてしまう。そしてそれが実に多くの人々が《苦しみの鎖》につながってしまう原因なんだ。
少し長いですが、この節は大きなポイントです。
ここが私たちがつまづくところ、なんでこうなるのとか、
オレの人生ついてない、私の人生悲劇ばかりだわ、なんて出てくる
のはこの理由によるものです。
さらにいうと考えそのものを教化されてしまったことによるものです。
周りの出来事によって自分の幸せが決まるというのは当然だと
思うのはすっかり教化されてしまっている証拠かもしれません。
ただしこれ自体は悪いことではありません。
単に教化されて本来の意識の使い方を知らなかったにすぎません。
ソロモンも言っていたように、私たちは訓練されていないだけで
少し目線を変えると私たち自身で状況をコントロールすることが
出来るようになっていきます。
まずはこんな教化、事実があったことに気がつくことが初めの
一歩になります。
そしてこの2011、2012年はその境目の年だと言えます。