人生で坊主の女性に会ったことが一度だけある。
昔勤めていた職場の上司で、
初めてお会いしたときは「変わった人だなあ」と思っていた。
当時の私には女性が坊主になるという常識がなかったのでたいそう驚いたのだが、後に自分自身が坊主になることなんて微塵も想像していなかった。
さて、そんな私が坊主になるまでの遍歴について少し自己紹介もかねて伝えようかと思う。
私は来年で30代の折り返しになるが
10歳の頃から天然パーマを解消するために縮毛矯正の施術を受けていた。
はじめは母に連れられて行った美容院で施術を受けた。
元々親子で顔馴染みの美容院の美容師に
よくわからないまま「綺麗になるからね」と言われ、
よくわからないまま薬剤を塗布され、
気がついたら同級生と同じストレートヘアになっていた。
当時はストレート至上主義みたいなところがあって
癖毛や天然パーマの子供は辛辣な弄りをされ、
例に漏れず私もルッキズムの洗礼を受けたのだった。
その折、母が見かねたのか10歳の私に縮毛矯正の施術をプレゼントし、ようやくヒエラルキーの中に入ることが出来るようになり、その後も2-3カ月に一度施術を受け続けた。
大学生になると自身のバイト代で施術代を払うようになった。
大学生ともなればヘアカラーやパーマを自由にかけて遊びたかった。
ところが、矯正施術の履歴があるとなかなかうまいこといかない。憧れのブリーチやパーマを断られる。
おまけに髪の毛が広がりやすくうねりやすい私の髪型は切れる長さの制限までされるようになる。
「めんどくさいなあ」と感じた。
しかし、今さら矯正をかけないことなど到底あり得ないわけで、
そこからしばらくもずっとその「呪縛」に囚われていた。
毎年少しづつ上がる物価は縮毛矯正の代金にも適用された。
顔なじみの関係が苦手で
馴染みの店舗で施術を受けたくても受けられなかった私はいつも違う美容院へクーポンを使って行っていた。
俗に言う初回荒らしに近い状態だった。
後に知ることになるが、同じ「縮毛矯正」というメニュー名でも、
その度に違う手法、美容師に施術を受けていた。
「今度こそきれいになりますよ」
「このケア用品を使えば見違えますから施術グレードを上げませんか?」
「この髪の毛は…どうしたんですか?」
と毎度おなじみのやりとりにもうんざりし、心身ともにボロボロだった。
30代になる頃、自身の髪の毛の特性を活かそうとインターネットの大海を泳ぐと「クセ活」「カーリーガールメソッド」なるものに出会った。
長年コンスタントに行ってきた矯正をここで一度一年以上かけない生活を送った。
専門の美容院や整髪剤を使って髪の毛の癖を綺麗に見せようと努力した。
しかし、私の技量が足らなかったこと
美容院や整髪剤の料金が高く、矯正をかけていた頃以上のメンテナンスが必要になってしまったことなどが起因して維持することを辞めてしまった。
具体的に伝えていく。
矯正は2カ月に一度受けていたが、
専門の美容院の場合は1カ月に一度矯正と同じかそれより高い技術料を要した。
整髪剤に関しては海外から取り寄せることが多く、
製品のニオイが独特だった。
また、髪の毛を洗わず頭皮の油分を活かすことで髪の状態を維持するという独特の手法も、自身の生活感とマッチしなかった。
ますます自身の癖毛を受け入れられなくなってしまった。
その後、転職を何度か繰り返す中で面接での「清潔感」を意識して矯正をかけ直し、また「呪縛」が戻ってきてしまった。
そこから何度か髪型を変えていくなかで疲弊しきってしまった。
昨年末、とうとう我慢の限界に達しウィッグを購入した。
どんなコンディションの日でも変わらない髪型が心地良く、このままずっと使用すると覚悟していた。
ところが、その覚悟もあっさり消え去ることになる。
その頃ちょうど始めたバイト先で
「いつも髪の毛綺麗!」
「どうやって髪の毛ケアしてるの?」
「髪の毛、相当手入れしてますよね」
などなど色々と褒められたり質問されることが増えた。
しっくりこないことに対してのやりとりが増え、
また「めんどくさいなあ」と感じる日々が始まった。
この頃から、何となく坊主願望が出始め、
何となくスッキリした見た目の方が似合うかとダイエットも始めてみた。
販売兼軽作業のバイト先でバタバタする中、
自身の髪の毛のことなど構っている暇がなくなった。
おまけに汗をかき、ウィッグの内側の不快感が増していった。
そんな中で、ウィッグで隠し続けていた中身、本来の私の髪の毛はすくすくうねうねと成長していた。
ある日、不快感に限界を感じ、髪の毛の膨張によりウィッグを被っても浮いてしまうような違和感を感じる事が増えた。
偶然にもダイエットで目標の数値も達成した頃だった。
そこで、「ウィッグを被るなら…」と、
とうとうバリカンを購入した。
そこからしばらくデスクの上に置いたままにしていたが、
ダイエット成功というきっかけができたので
何も考えずに頭皮に刃を当てた。
この瞬間はバリカンによって、坊主になることがまだ現実味を帯びていなかった。
しばらく続けていると、やがて床に敷いた新聞紙に毛が集まり始め、最終的には換毛期の小型犬くらいのまとまった量の毛が新聞紙に落ちていた。
▷なんと「ボウズカッター」という商品名である。
10mmの坊主にし、その流れで髪を市販のブリーチで染めた。
はじめはあまりの奇抜さに自分でも見慣れなかった。
夫もしばらくは見慣れず戸惑っていた。
しかし、恐ろしいことに何日か経つと見慣れるどころか「しっくり」きはじめる。
坊主といういわば「すっぴん」をもう晒してもいいかもしれない。日を増すごとにその気持ちが強まる。
ウィッグすらも違和感を感じるようになる。
そこで少しづつハードルを上げてみようと
近所のスーパー、電車での移動、偶然会う約束をしていた両親へ「すっぴん」で会ってみた。
子供の頃からあまり容姿を褒めてこなかった母が「全然いいじゃん」と褒めてきた。
こんなことは初めてだった。
どこへ移動しても誰も私を笑ってこない。
かつてルッキズムに苦しめられた私には考えられない出来事だった。
そこで奇しくも4/1、
この日初めてバイト先に「すっぴん」で行くことにした。
「自分に正直に生きようと思って」と逆エイプリルフールと称して鼓舞させた。
バイト仲間やお客様は初めて見たときはみんな驚いていたが「似合うわ!」と褒めてくれて、ありのままでいてこんなに「しっくり」くることは初めてだった。
バイト先の上司が「僕以前の職場に坊主の女性いたし全然アリです!」と伝えてきてくれた。
ビンゴ!
自身を含めて3人の坊主女子が発生、偶然にも坊主ビンゴが発生した。
味をしめた私は、その後趣味の仲間にも告白し「すっぴん」で会ってみることにした。
同じだった。
坊主にしてみて学んだことは、
世間は思った以上に他人に無関心で自分に関心があるのは自分だけなんだと良い意味で感じられたことだった。
電車で今まで感じていた目線も、
誰かが馬鹿にしてくるような笑い声も、
すべてルッキズムに苦しむ私の思い込みによるものだった。
あの頃の上司の存在を思い返す。
誰にも媚びず、ブレず、自分の好きな格好をして楽しむ。
今の私がやりたい姿そのままだった。
坊主にして1カ月弱が経った。
しっくりきていて、自分にとって心地よい毎日を送れている。
お風呂の時間、朝の身支度も当初より10分は短縮された。
かかるとしても1,000円以内のブリーチと電気代くらいのもので美容院代もかからず、時間とお金のコストが大幅に減った。
自身のアイコンとしてこの先も坊主ライフを満喫するつもりで、snsを作ってみたので良かったら見てほしい。
坊主女子や髪に悩んでいたことがある人、はたまた興味本位な方(not性癖)…がいたらぜひ繋がりましょう。


