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アカハブログ

2017年始動!
ポジティブバイブス

取材を重ねていると「親は自分の話をよく聞いてくれた」と証言する大学生の親は、「結果」を褒めるのではなく、子供の「能力」を褒めていることがわかる。

例えば、絵画コンクールで優秀賞を取った場合に、「賞を取ってすごいね」ではなく、「色彩感覚がすごいね」と褒めているのだ。

賞を取れるかどうかは運に左右される。そうした「結果」よりも、自身が持っている「能力」を褒められることで、子供は自信を持ち、さらに「頑張るぞ!」というモチベーションを獲得していく。「結果」よりも、「能力」を身につける過程を評価しているように感じるのだ。

子供が見違える「短い声かけフレーズ10」 | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online
http://president.jp/articles/-/23702

 

何に軸足を置かせるかという話!

MY心の師匠、坂口安吾先生も「人は武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう」と言っているけど
何か強いモノに自分を照らし合わせると強く感じてしまうということはあると思う。
ただ、あくまでそれは自分だけで終わってしまう

「俺はかしこい、だって○○な考えができるから」
ってにんげんと
「俺はかしこい、だって○○(←肩書き、学歴、受賞歴etc...)だから」
ってにんげんだと
僕は前者のほうがいいと思う

なぜなら、前者はブレない。
絶えず、軸が自分の中にある。
己を省みた時に、己が己を支えてくれる。

ただ、後者はブレる
大抵、肩書きとか学歴とかそーいったものは、過去のものだ
その時現在は、己の力があったかもしれないけど
今はその力は更新されてるはずだし、なくなってるかもしれないし、
というか、あくまでもその時の基準のすごいな訳で、いまも凄いとは限らない
基準が変わってないのは、やばい

軸をじぶんにおく、おかせる