失われた10年という言葉がある。
失われた20年という言葉がある。
その言葉を聞くと、
とても悔しい思いがしていました。
オレたちが生きてきた10年、20年は無意味なものじゃない、と。
もちろん、この言葉は経済の低迷を指す言葉で、
私たちのことを言ってるのではないと分かってはいますが、、
現在は、人との接触は基本的にNGで、
マスクで口元を隠し、
会話も控えています。
人の表情を読めない、
相手の声色がわからないといった弊害はもしかしたら、
中長期的にみると、
将来的に現れるのかもしれません。
人の表情が読めない。
相手の意図していることがわからない。
そういった世代。
コロナ禍以降の世代、
またはコロナ禍以前の世代からは、
現在の「コロナ世代」は、
失われた世代だと言われるかもしれません。
教育も思うように受けれなかった。
運動も制限された。
外部との交流を閉ざされていた。
などなど
もちろん、これらから生じる弊害は誰も保証はしてくれませんので、
自分で負うべきものです。
私たちはコロナウイルスに感染しないためだけに生きているのではありません。
勉強も運動もしたいし、旅行にも行きたい。
飲みにだって行きたい。
もっと、楽しいことをしたい。
時間が無限にあるなら、
自粛も無限にできるけど、
10代には10代にしかできないことがあるし、
20代、30歳代、どの年代だって同じです。
以前、仕事で私は「余命1週間以内」
の人と対面したことがあります。
初めて会ったのが、最初で最後でした。
ドクターから余命わずかだと聞いたからでもありますが、
それを聞かなくても、短いんだなと思えました。
その方は私に遺言を伝えました。
もちろんその内容は、
飲みに行きたいとかではありませんでしたが、
もし、このコロナ禍で、
最後に飲みに行きたいと伝えられてたら、
私はどうしただろうか。
そんなことを考えました。

