Third Place -2ページ目

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僕が学生の頃に住んでいたアパートでは誰も電話なんて持ってはいなかった。

消しゴムひとつ持っていたかどうかだってあやしいものだ。

管理人室の前に近くの小学校から払い下げられた低い机があり、その上にピンク電話がひとつ置かれていた。

そしてそれがアパートの中に存在する唯一の電話だった。だから配電盤のことなんて誰一人気にも止めない。

平和な時代の平和な世界だ。

管理人が管理人室にいたためしがなかったので、電話のベルが鳴るたびに住人の誰かが受話器を取り、相手を呼びに走った。もちろん気が向かないときには(とくに夜中の二時になんて)誰も電話には出ない。電話は死を予感した象のように何度か狂おしく泣き叫び(32回というのが僕の数えた最高だ)、そして死んだ。死んだ、という言葉はまったくの文字通りのものだった。ベルの最後の一音がアパートの長い廊下を突き抜けて夜の闇に吸い込まれると、突然の静寂があたりを被った。実に不気味な沈黙である。誰もが布団の中で息を潜め、もう死んでしまった電話のことを思った。

 真夜中の電話はいつも暗い電話だった。誰かが受話器を取り、そして小声で話し始める。

「もうその話はよそう・・・・違うよ、そうじゃない、・・・でもどうしようもないんだ、そうだろ?

・・・・嘘じゃないさ。何故嘘なんてつく?  ・・・・いや、ただ疲れたんだ・・・・・もちろん悪いとは思うよ、 ・・・・・

だからね、  ・・・・・・わかった、わかったから少し考えさせてくれないか? ・・・・電話じゃうまくいえないんだ・・・・」

 誰もがめいっぱいのトラブルを抱え込んでいるようだった。トラブルはあめのように空から降ってきたし、僕たちは夢中になってそれらを拾い集めてポケットに詰め込んだりもしていた。何故そんなことをしたのか今でもわからない。何か別のものと間違えていたのだろう。 

 電報も来た。夜中の四時ごろにアパートの玄関にバイクが停まり、荒っぽい足音が廊下に鳴りわたる。そして誰かの部屋のドアがこぶしで叩かれた。その音はいつも僕に死神の到来を思わせた。どおん、どおん。何人もの人間が命を絶ち、頭を狂わせ、時の淀みに自らの心を埋め、あてのない思いに身を焦がし、それぞれに迷惑をかけあっていた。1970年、そいういった年だ。もし人間が本当に弁証法的に自らを高めるべく作られた生物であるとすれば、その年もやはり教訓の年だあった。


一日一発明

一日一発明。


量は質に転換する。

多くの経験を積むことで、やがて成功確率は上がってくるのだ。

大器晩成的

「花が咲かない寒い日には、下へ下へと根を伸ばせ。やがて、大きな花が咲く。」


逆転発想

孫さんはどんな頭の思考をしているんだろうな。

NMP前日まで価格競争はしないと言いつつも定額制を発表したり、

あおぞら銀行を売らないと言いながら資金難で売り飛ばしたり。

一見、言っていることとしていることが違うように見える。


しかし、別に孫さんを擁護するわけではないけれど、

それらの施策はすべて「情報革命を起こす」という目標の手段に過ぎない、

のかもしれない。

それはまるで、大きな目標という木の枝のようなものなのかもしれない。


な~んて考えてたら、自分の犯されように気づく。

自分なりの考え方、やりかたで、自分の価値を創る。

来週土日の予定

来週土日の予定が決まらない。

というか決めてないのだけど。


家をさがすか、人と会うか、スポーツするか。


年内には引っ越すことを考えると、家探しかな。


しかし、俺はいったい何になりたいんだろう。


それだけが、心に深くささって、どんな嬉しいこともなかなか素直に喜べない。


このまま、今の仕事を続けるの? それとも、違う道へいくの?


違う道とは?


結局、この道を中途半端にしては行かないだろう。


ある程度信頼されることがなければ、次へは行かない、というか行けないだろうな。


と考えると、今の仕事で結果を出して、そこで初めて自分のやりたい仕事を考えてもええかな。


ばくぜんと考えているのは、誰でもできる仕事をしても意味がないということ。


自分が起点となって、新しい価値をプラスできること。


そんなワークスタイルを実現したい。


そのためには、今の仕事でお客、仕事仲間から信頼されることだろう。


ちょっと硬いのかも。


もうちょっと柔軟でもいいんかな。


土日は感性を磨く日にしよう。


美術館、ギャラリー、写真、本屋、カフェ、服店をまわって、


自分に色々な感性を染み込ませていこう。


そんなスタイルがよい。

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 それから四年後、1973年の5月、僕は一人その駅を訪れた。犬をみるためだ。そのために僕は髭をそり、半年振りにネクタイをしめ、新しいコードヴァンの靴をおろした。


 今にも錆びつきそうなもの哀しい二両編成の郊外電車を降りると、まず最初に懐かしい草の匂いが鼻をついた。ずっと昔のピクニックの匂いだ。五月の風はそのように時のかなたから吹くこんできた。顔を上げ耳を澄ませば、雲雀の声さえも聞こえる。

 僕は長いあくびをしてから駅のベンチに腰を下ろし、うんざりした気分で煙草を一本吸った。朝早くアパートを出た時の新鮮な気持は今はもうすっかり消え去ってしまっていた。何もかもが同じことの繰り返しにすぎない、そんな気がした。限りのないデジャヴュ、繰り返すたびに悪くなっていく。

 昔、何人かの友達と雑魚寝をして暮らした時期がある。明け方に誰かが僕の頭を踏みつける。そして、ごめんよと言う。それから小便の音が聞こえる。繰り返しだ。

 僕はネクタイをゆるめ、煙草を口の端にくわえたまま、まだ足にうまく馴染まない革靴の底をコンクリートの床にゴシゴシとこすりつけてみた。足の痛みを和らげるためだ。痛みはさして激しくは無かったけれど、まるで体が幾つかの別の部分に分断されてしまったような違和感を僕に与えつづけていた。

 犬の姿は見えなかった。

 違和感・・・・。

 そういった違和感を 僕はしばしば感じる。断片が混じりあってしまった二種類のパズルを同時に組み立てているような気分だ。とにかくそんな折にはウィスキーを飲んで寝る。朝起きると状況はもっとひどくなっている。繰り返しだ。

 目を覚ました時、両脇に双子の女の子がいた。今までに何度も経験したことではあったが、両脇に双子の女の子というのはさすがに始めてだった。二人は僕の両肩に鼻先をつけて気持よさそうに寝入っていた。よく晴れた日曜日のことであった。

 やがて二人はほとんど同時に目を覚ますとベッドの下に脱ぎ捨てたシャツとブルージーンをもぞもぞと着込み、一言も口をきかないまま台所でコーヒーをたて、トーストを焼き、冷蔵庫からバターを出してテーブルに並べた。実になれた手つきだった。窓の外のゴルフ場の金網には名も知らぬ鳥が腰を下ろし、機銃掃射のように鳴きまくっていた。

「名前は?」と僕は二人に訊ねたみた。二日酔いのおかげで頭は割れそうだった。

「名乗るほどの名前じゃなないわ。」と右側に座った方が言った。

「実際たいした名前じゃないの。」と左が言った。「わかるでしょ。」

「わかるよ。」と僕は言った。

 僕たちはテーブルに向かい合って座り、トーストをかじり、コーヒーを飲んだ。実に美味いコーヒーだった。

「名前がないと困る?」と一人が訊ねた。

「どうかな?」

 二人はしばらく考え込んだ。

「もしどうしても名前が欲しいなら、適当につけてくれればいいわ。」ともう一人が提案した。

「あなたの好きなように呼べばいい。」

 彼女たちはいつも交互にしゃべっていた。まるでFM放送のステレオチェックみたいに。おかげで頭は余計に痛んだ。

「たとえば?」と僕は訊ねてみた。

「右と左。」と一人が言った。

「縦と横。」ともう一人が言った。

「上と下。」

「表と裏。」

「東と西。」

「入口と出口。」僕は負けないように辛うじてそう付け加えた。二人は顔を見合わせて満足そうに笑った。



 入口があって出口がある。大抵のものはそんな風にできている。郵便ポスト、電気掃除機、動物園、ソースさし。もちろんそうでないものもある。例えば鼠取り。






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直子も何度かそういった話をしてくれた。彼女の言葉を一言残らず覚えている。

「なんて呼べばいいのかわかんないわ。」

 直子は日当たりの良い大学のラウンジに座り、片方の腕で頬杖をついたまま

面倒臭そうにそういって笑った。僕は我慢強く彼女が話し続けるのを待った。

彼女はいつだってゆっくりと、そして正確な言葉を捜しながらしゃべった。

 向かい合って座った僕たちの間には赤いプラスチックのテーブルがあり、その上にはタバコの

吸殻でいっぱいになった紙コップが一つ置かれていた。高い窓からルーベンスの絵のようにさしこんだ

日の光が、テーブルの真ん中にくっきりと明と暗の境界線を引いている。テーブルに置いた僕の右手は

光の中に、そして左手は翳の中にあった。

 一九六九年の春、僕たちはこのように二十歳だった。ラウンジは新しい革靴をはき、新しい講義要綱を抱え、

頭に新しい脳みそを詰め込んだ新入生のおかげで足の踏み場もなく、僕たちの傍では、始終誰かと誰かがぶつかっては文句を言い合ったり謝ったりしていた。

「なにしろ街なんてものじゃないわよ。」彼女はそう続けた。「まっすぐな線路があって、駅があるの。雨の日には運転手が見落としそうなくらいの惨めな駅よ。」

 僕は肯いた。そしてたっぷり三十秒ばかり、二人は黙って光線の中で揺れる煙草の煙をあてもなく眺めた。

「プラットフォームの端から端まで犬がいつも散歩してるのよ。そんな駅。わかるでしょ?」 

 僕は肯いた。

「駅を出ると小さなロータリーがあって、バスの停留所があるの。そして店が何軒か。・・・寝ぼけたような店よ。そこをまっすぐに行くと公園にぶつかるわ。公園には滑り台がひとつとブランコが三台。」

「砂場は?」

「砂場?」彼女はゆっくり考えてから確認するように肯いた。「あるわ。」

僕たちはもう一度黙り込んだ。僕は燃え尽きた煙草を紙コップの中で丁寧に消した。

「おそろしく退屈な街よ。いったいどんな目的であれほど退屈な街ができたのか想像もつかないわ。」

「神は様々な形にその姿を現わされる。」僕はそう言ってみた。

 直子は首を振って一人でわらった。成績表にずらりとAを並べた女子学生がよくやる笑い方だったが、それは奇妙に長い間僕の心に残った。あるで「不思議の国のアリス」に出てくるチェシャ猫のように、彼女が消えた後もその笑いだけが残っていた。

 ところで、プラットフォームを横断する犬にどうしても会いたかった。



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 見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好きだった。

 一時期、十年も昔のことだが、手当たり次第にまわりの人間をつかまえては

生まれ故郷や育った土地の話を聞いて回ったことがある。

他人の話を進んで聞くというタイプの人間が極端に不足していた時代であったらしく、誰も彼もが

親切にそして熱心に語ってくれた。見ず知らずの人間が何処かで僕の噂を聞きつけ、

わざわざ話にやって来たりもした。


 彼らはまるで枯れた井戸に石でも放り込むように僕に向かって実に様々な話を語り、

そして語り終えると一様に満足して帰っていった。あるものは気持ちよさそうにしゃべり、あるものは

腹を立てながらしゃべった。実に要領よくしゃべってくれるものもいれば、初めから終わりまでさっぱり

わけのわからぬといった話もあった。退屈な話があり、涙を誘うもの悲しい話があり、冗談半分の出鱈目があった。

それでも僕は能力の許す限り真剣に、彼らの話に耳を傾けた。


 理由こそわからなかったけれど、誰もが誰かに対して、あるいはまた世界に対して何かを懸命に伝えたがっていた。それは僕に、段ボール箱にぎっしりと詰め込まれたサルの群を思わせた。

僕はそういったサルたちを一匹ずつ箱から取り出しては丁寧にほこりを払い、パンとたたいて草原に放してやった。

彼らのその後の行方は分からない。きっと何処かでどんぐりでも齧りながら死滅してしまったのだろう。

結局はそういう運命であったのだ。

 それはまったくのところ、労多くして得るところの少ない作業であった。今にして思うに、もしその年に「他人の話を熱心に聞く世界コンクール」が開かれていたら、僕は文句なしにチャンピオンに選ばれていたことだろう。そして賞品に台所マッチくらいはもらえたかもしれない。

 

 僕が話した相手の中には土星生まれと金星生まれが一人ずついた。彼の話はとっても印象的だった。まずは土星の話。

「あそこは、・・・ひどく寒い。」と彼はぼやくように行った。「考えるだけで、き、気がおかしくなる。」

 彼はある政治的なグループに所属し、そのグループは大学の九号館を占拠していた。「行動が思想を決定する。逆は不可。」というのが彼らのモットーだった。何が行動を決定するのかについては誰も教えてくれなかった。ところで九号館にはウォーター・クーラーと電話と給湯設備があり、二階には二千枚のレコード・コレクションとアルテックA5を備えた小奇麗な音楽室まであった。

それは(たとえば競輪場の便所のようなにおいのする八号館に比べれば)天国だった。彼らは毎朝熱い湯できちんとひげを剃り、

午後は気の趣くままに片端から長距離電話をかけ、日が暮れるとみんなで集ってレコードを聴いた。

おかげで秋の終わりまでには、彼らの全員がクラシック・マニアになっていたほどだ。


 気持ちよく晴れ渡った十一月の午後、第三機動隊が九号館に突入した時にはヴィヴァルディの「調和の幻想」が

フル・ボリュームで流れていたということだが、真偽のほどはわからない。六九年をめぐる心暖まる伝説のひとつだ。

 僕があぶなっかしく積み上げられたバリケードがわりの長いすをくぐったときには、

ハイドンのト短調のピアノ・ソナタがかすかに聞こえていた。山茶花の咲いた山の手の坂道を昇り、ガール・フレンドの家を

訪ねるときのあの懐かしい雰囲気そのままだった。彼は僕に一番立派な椅子を勧め、理学部の校舎からくすねてきたビーカー

に生温かいビールを注いでくれた。

「それに引力がとても強いんだ。」と彼は土星の話を続けた。「口から吐き出したチューイングガムのかすをぶっつけて足の甲を砕いた奴までいる。じ、地獄さ」

「なるほど。」二秒ほど置いてから僕は相槌を打った。そのころまでに僕は三百種類ばかりの実に様々な相槌の打ち方を

体得していた。

「た、太陽だってとても小さいんだ。ホーム・ベースの上に置いたみかんを外野から見るくらいに小さい。だからいつも暗いんだ。」彼はため息をついた。

「何故みんな出て行かない?」僕はそう訊ねてみた。「もっと暮らしやすい星だって他にあるだろうに。」

「わからないね。たぶん生まれた星だからだろう。そ、そういうもんさ。俺だって大学を出たら土星に帰る。そして、り、立派な国を作る。か、か、革命だ。」


 ちにかく遠く離れた町の話を聞くのが好きだ。そういった街を僕は冬眠前の熊のように幾つも貯めこんでいる。目を閉じると通りが浮かび、家並みが出来上がり、人々の声が聞こえる。遠くの、そして永遠に交わることも無いであろう人々の生のゆるやかな、

そして確かなうねりを感じることもできる。