rihabiri4 | Third Place

rihabiri4

僕が学生の頃に住んでいたアパートでは誰も電話なんて持ってはいなかった。

消しゴムひとつ持っていたかどうかだってあやしいものだ。

管理人室の前に近くの小学校から払い下げられた低い机があり、その上にピンク電話がひとつ置かれていた。

そしてそれがアパートの中に存在する唯一の電話だった。だから配電盤のことなんて誰一人気にも止めない。

平和な時代の平和な世界だ。

管理人が管理人室にいたためしがなかったので、電話のベルが鳴るたびに住人の誰かが受話器を取り、相手を呼びに走った。もちろん気が向かないときには(とくに夜中の二時になんて)誰も電話には出ない。電話は死を予感した象のように何度か狂おしく泣き叫び(32回というのが僕の数えた最高だ)、そして死んだ。死んだ、という言葉はまったくの文字通りのものだった。ベルの最後の一音がアパートの長い廊下を突き抜けて夜の闇に吸い込まれると、突然の静寂があたりを被った。実に不気味な沈黙である。誰もが布団の中で息を潜め、もう死んでしまった電話のことを思った。

 真夜中の電話はいつも暗い電話だった。誰かが受話器を取り、そして小声で話し始める。

「もうその話はよそう・・・・違うよ、そうじゃない、・・・でもどうしようもないんだ、そうだろ?

・・・・嘘じゃないさ。何故嘘なんてつく?  ・・・・いや、ただ疲れたんだ・・・・・もちろん悪いとは思うよ、 ・・・・・

だからね、  ・・・・・・わかった、わかったから少し考えさせてくれないか? ・・・・電話じゃうまくいえないんだ・・・・」

 誰もがめいっぱいのトラブルを抱え込んでいるようだった。トラブルはあめのように空から降ってきたし、僕たちは夢中になってそれらを拾い集めてポケットに詰め込んだりもしていた。何故そんなことをしたのか今でもわからない。何か別のものと間違えていたのだろう。 

 電報も来た。夜中の四時ごろにアパートの玄関にバイクが停まり、荒っぽい足音が廊下に鳴りわたる。そして誰かの部屋のドアがこぶしで叩かれた。その音はいつも僕に死神の到来を思わせた。どおん、どおん。何人もの人間が命を絶ち、頭を狂わせ、時の淀みに自らの心を埋め、あてのない思いに身を焦がし、それぞれに迷惑をかけあっていた。1970年、そいういった年だ。もし人間が本当に弁証法的に自らを高めるべく作られた生物であるとすれば、その年もやはり教訓の年だあった。