2011年のお正月に家族で1週間ハワイのオアフ島に行きました。
宿泊 ヒルトン・ハワイアン・ビレッジ・ビーチリゾート&スパ
(3日目)ダイヤモンド・ヘッド 早朝
まずは、バスかレンタカーにするか決めましょう。
バスはダイヤモンドヘッドクレーターの外側に到着し、
インフォメーションセンターまで徒歩20分の道のりになります。
レンタカーは、インフォメーションセンター前に駐車場があります。
私は二度目のダイヤモンドヘッド観光でレンタカーを利用しました。
インフォメーションセンターで1人1ドルを払います。
用意する物は、水、はき慣れたスニーカー
帽子や日焼け止め、カメラやビデオです。
登山口から山頂までは片道1.1kmなので1時間以内には到着できます。
インフォメーションセンターを出てすぐ右手にトイレがあり
この先にはトイレはないので気をつけて下さい。
時期によると思いますが、頂上には小さい虫がいるので、
長袖、長ズボンをお勧めします。
オアフ島最南端にある死火山。約30万年前の噴火で誕生し
今ではハワイの象徴とされている。
頂上からの眺めはまさに絶景で
ワイキキの街では見ることができない360度のパノラマが楽しめる。
ハワイ・ホノルルに来たら
一度は登りたいランドマークのダイヤモンドヘッド
多くのツアーが組まれており
人気なのがダイヤモンドヘッドから日の出を見るツアーです。
人気があるため、日の出前の登山道は大混雑しています。
道幅は狭く、人1人しか通れない場所もあるので、
周りのペースについて行く自信がない方は、ピークタイムを外して
マイペースで登りましょう。
日の出前のツアーで遅い人が居ると
後続の方が日の出に間に合わない場合もあるので
道幅がある場所で、道を譲るなどの配慮が欲しいです。
ツアー参加者の方達が多く、道は若干込み合ってました。
頂上もあっという間に混雑するので
ご来光を見られる方は頂上着いたら場所を
確保したほうが良いです。
私達は現地時間7:10~7:15の間にご来光が見れました。
とても綺麗で感動しました。
ご来光や周りの景色に見とれて時間を忘れてしまいました。
ツアーの方は気をつけて下さいね。
今回はご来光を見れました。
AM10時頃ホテルに戻り、少し早いランチへ
海外レンタカーのダラーレンタカー
ワイラナ・コーヒー・ハウス
ヒルトン・ハワイアン・ビレッジから徒歩数分の距離にある
このアメリカンな雰囲気のレストランは
ボリュームたっぷりのメニューを豊富にそろえている。
中でも、朝食メニューでパンケーキの食べ放題と卵2つ
ベーコン2枚とコーヒーがセットになって$6.99という
ジャンボリー・ブレックファーストが大人気。
パンケーキにかけるココナッツ・シロップも
このレストランの名物となっている。
具だくさんのクラブ・ハウス・サンドイッチとポテトサラダ($8.25)や
サイドオーダーの、ころもにビールを加えてカラッと揚げた
オニオンリング($2.50)がランチに人気です。
どのメニューも一日中好きな時間にオーダーできるので
朝食メニュ-をランチにでもオーダーできるのが、この店の特長。
通常の食事の時間帯以外でも、ゆっくりと楽しめるうえ
キッズ・メニューもあるので、家族連れでも安心。
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ハワイ・プランテーション・ビレッジ ハワイ移民文化のルーツ
ハワイの歴史・日本人の移民ルーツに興味のある方に
ハワイ・プランテーション・ビレッジをお薦めします。
バスの方は、アラモアナセンターのターミナルから43番のバスに乗り
目的地ワイパフまで約1時間で到着です。
100年前にタイムトリップするトンネルを抜けると
昔の世界が現れます。
サトウキビ産業の労働をするために移民となった
日本、中国、プエルトリコ、ポルトガル、フィリピンの人たちの
当時の暮らしぶりがうかがえる住居や日用品が
そのままの状態で残っていて、とても興味深いです。
蚊がとても多いので、虫除けスプレーを忘れずに
持参するのをお薦めします。
月~土曜の10:00~14:00の毎時ごとに実施。
入園料は大人13ドル、62歳以上10ドル、
4~11歳5ドル、3歳以下は無料。
オアフ島ワイパフにあるハワイ・プランテーション・ビレッジ(HPV)は
サトウキビ農園で働いた各国移民の歴史を学べる貴重な文化施設です。
HPVはサトウキビ農園の労働者が暮らした住居を中心に
日々の暮らしに深く関わった施設を紹介することを目的として
1992年に開設されました。
ここには1800年代から1940年代にかけてハワイへやって来た中国人
ポルトガル人、プエルト・リコ人、日本人、沖縄人、フィリピン人、
朝鮮人などの農園労働者が暮らした建物が精密に復元されています。
建物内には当時を彷彿とさせる家具や
寝具、宗教関連の備品などがあります。
敷地内には公衆浴場や神社、集会場、医療施設などもあります。
小規模ながら商店もあり、つけ払いで購入し
給与から天引きされるという仕組みを作って労働者が
農園内ですべて賄えるようになっていました。
園内はボランティアによる有料のガイド・ツアーで回ります。
ツアーは毎週、月曜日から土曜日まで
午前10時から午後2時の間、およそ1時間間隔で行われます。
ツアーの最初はトンネルをくぐる儀式です。
タイムトンネルと名づけられたこの空間を経て過去の世界へ
旅立つという仕組みになっています。
1850年に王立ハワイ農業協会が設立され
王国は、減少しつつあるハワイ人に代わる労働力として
外国人労働者を導入することに決めました。
その第1陣は中国人労働者でした。
1880年代に入ると中国人のハワイ全体に占める人口が
4分の1にもなったため、中国移民を抑制し
代わりにポルトガル人やその他の国からの移民を
雇い入れるようになりました。
その後、アジアを中心とした労働賃金の低い国からの
労働者を積極的に導入しましたが、どの国からの労働者も契約期間を
終えると帰国するかサトウキビ農園での仕事を辞めてしまったので
農園の労働力はつねに不足しました。
また、言葉の壁があったために意思疎通がうまくいかず
労働も厳しかったので、農園から脱走したり、
警察に捕まる者もかなりの数に達しました。
1852年から1946年にかけ、総数にして実に40万人近くもの労働者が
ハワイのサトウキビ農園で働きました。
あまり知られていませんが、
上記の国々以外に、ノルウェー、ドイツ、スペイン
アフリカ諸国、ロシアなど、多くの国から労働者はやって来ました。
1876年以前は労働者の80%ほどがサトウキビ農園で働いていました。
農園労働者たちは、低賃金で厳しい仕事をさせられた上
兵隊のように日々の生活をコントロールされるという過酷な環境を
共有してきました。
そのため彼らには、一種の助け合い精神のようなものが生まれました。
また、英語を母国語としない人たちのために
ピジン英語という簡潔な言葉が生まれました。
労働者の大半は故郷へ戻らず、ハワイに残りましたが
各国移民に端を発するボーダーレスな文化は、
このような農園労働者の歴史を背景に育まれたといってよいでしょう。
サトウキビ産業はハワイ財政の屋台骨を支え、
巨大な収益をもたらしましたが、その大半は経営者や資本家
政治家の大半を占めていた白人集団に
独占されたという事実も見逃せません。
移民の歴史とその文化は今日のハワイ文化に不可欠の要素ですが
彼らが一市民として正当な権利を獲得するには乗りこえるべき
多くのハードルがその先に待ちかまえていました。
当時のハワイは依然、独立した王国でしたが、
流入する外国人によってもたらされた伝染病などで
原住民の人口が激減し、プランテーションでの
労働力も不足し始めます。
そこで、精糖の技術を持ち、且つ、
低賃金労働者としてまず白羽の矢が立てられたのが
中国からの労働者。
続いて、日本、韓国、ポルトガル、ノルウェー、プエルトルコ
フィリピンからも労働者として続々と移民が流入しました。
プランテーションでの1日は、朝5時の蒸気笛で始まり、
5時半には出勤。これを怠ると、
見回りの警察官に叩き起こされることもあり、
その後、30分の昼食休憩を挟むだけで午後4時半まで働き詰め
夜8時の蒸気笛で消灯、という毎日を
労働者たちは繰り返していました。
ディナー
燦鳥(サントリー)
ロイヤル・ハワイアン・センター B館3階,
ハワイの和食通御用達の名店として知られる、サントリーの直営店。
徹底的に厳選した食材を、こだわり抜いた調味料で調理し
安全・安心な料理を心温まるサービスで提供してくれる。
リーズナブルなのに豪華な「旬菜膳」が楽しめるランチや
一品料理、コースメニューが充実のディナーなど、豊富なメニューも自慢。
和食、鉄板焼き、寿司の3つの中から選べる
ダイニングで上質の和食を楽しみたい。
鉄板焼きのコースを頂きました。
新鮮な魚介類と上質なビーフを目の前の鉄板で調理してくれます。
シェフもウエイトレス、ウエイターの対応も大満足でした。
また、ランチは手頃なお値段で鉄板焼きや
日替わり定食も楽しめます。
ワイキキで本格和食を食べて下さい。
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