明けましておめでとうございますの挨拶。12月は欠席だったのでなんだかとても懐かしく感じます。
1月第1回目は映画の日ですが、メンバーにお茶の先生がいらっしゃつて初釜を準備して下さるのが恒例との事です。嬉しいな〜。少し遅れてしまいましたので美味しいお抹茶や分大の鯛最中など写真が写されず残念。



映画は「パーソナルソング」
アメリカのソーシャル・ワーカー、ダン・コーエンはかつてIT業界で働いていた。あるとき「患者がiPodを使って、思い入れのある歌を聞けば、音楽の記憶とともに何かを思い出すのではないか」ということを思いつく。実験をはじめてすぐに効果が出た。長年認知症を患い、娘の名前も思い出せずふさぎ込んでいる黒人男性のヘンリー(94)。iPodを使い昔好きだったゴスペル曲を聴いた途端、突然スイッチが入ったように音楽に合わせて陽気に歌い出したのだ…。


ご機嫌な時は私も自分でよく鼻歌を歌い、それも同じ所ばかり、、、W。無意識な行動ですが、、、
認知症予防は何でも取り組んでいます。
皆さん、今年も頑張りますのでよろしくお願いします🤲
早いものでもう3日。子供達は三ノ宮に遊び行き、私は少しお片付け。夕食はすき焼きにしました。神戸牛は美味しい美味しいの連発です。
食後先日娘から届いたカードに可愛らしいネズミのペーパークイリングがついていました。私もチャレンジしたいと言ってたので材料を持ってきてくれてましたので教えてもらい同好会の時のお菓子敷きにと作りました。

同じ色が無くなったので色を変えても可愛いです、自画自賛です。
新年明けて二日。みんなが揃います。
鶏ガラで取ったスープで鍋です。海老やチキンなどとたっぷりのお野菜、そして最後に中華そばを入れて。
兎に角賑やかで暖房もいらないほど暑く盛り上がり、順番に今年の目標を発表。
孫達は叔父さんおばさんからお年玉をいただきご機嫌。ボールのポチ袋にはびっくり。
おやつはケーキをジャンケンで決めます。
私はキャラメルケーキをえらびました。

孫達はおこたの部屋でトランプ遊び。受験生も今日ばかりはのんびり。楽しそうです。
明けましておめでとうございます㊗️今年もよろしくお願いします🤲
2〜3日かけて作ったお節を朝から盛り付けです。


今年は肉団子や酢豚を作りました。
後はいつもと同じ?


ポーランドのお土産のヤギのチーズも焼いてジャムをつけて、

炊き込みご飯のおにぎりも今朝作りました。

勿論お雑煮も。
デザートは栗きんとんとゼリーです。


盛り付けです。


いつも通り10時、息子家族が年始の挨拶、学校の話や日々の暮らしの楽しいお喋りをして食事。満腹になると花札などして一息遊びます。そしてお嫁さんの実家へ4時ごろ、向かいます。


ひと片付けが終わると今度は婿の実家にご挨拶した娘家族がきてくれます。

孫達がいつまでもおばあのお料理食べたいから長生きしてね。と言ってくれます。さて後何年できるかな?頑張らなくては。
明日は息子、娘家族が揃います。
従姉妹同士で賑やかな楽しい時間が持てるでしょう。幸せを噛み締めています。


今年も後三日。お掃除やおせちの準備の合間を縫って友人から頂いたフェニックスフィルハーモニー、演奏会に行きました。
大倉山文化ホール大ホールも年末を忘れさせるほど満員でした。

黒豆6時間弱火に掛けたまま、夫にタイマーが鳴っても絶対開けないでとお願いをして出かけました。
あれやこれやと出来るものから準備ですが、ホット一息をたのしみました。
12月24日 (火)

起床AM2:00
ホテル発AM3:30
お弁当をもらって空港に向かいます。ワルシャワ空港で水分は持ち込みできないので処分。お弁当についてるジュースも処分。
入管が終わり水を購入したらユーロでの支払いで500mが750円もしていました。行きはミュヘン空港では350円。びっくり!
ワルシャワ6:00LH1617  1時間40分  ミュンヘン空港 07:40

5時間待ちです。12:20LH742大阪に向かいます。 ゲームをしたりうたたねしたりで時間を過ごします。
今回の旅は観光だけでなくお勉強した旅ですヴェエリチカ岩塩では労働が厳しくてもその中で彫刻を掘るという心のよりどころ見つけ、アウシュヴィッツの過酷な労働の末抹殺。怖い思いをしながら心で祈りました。


機内食は12月20日から26日までクリスマスなのでガチョウのローストのメニュー。しかし機内は満席。私の席は最後尾の三人の真ん中。
機内食が3つ足りません。ビジネスからメインを持ってきてくれました。これはラッキー
仮眠したり映画を見たり

12月25日(水)
07:20関空到着 自宅到着10:40 視野を広めてきました。家族の皆さん有難う。

12月23日(月)

朝食
ワルシャワ観光 ワジェンキ公園はポーランド・ワルシャワ市内、中心部よりやや東側に位置する公園です。ポーランド最後の王、ポニャトフスキーがここにワジェンキ宮殿を建造したため、そのまま公園名になりました。
敷地面積は76万m2もあり、植物園や劇場があって、ヨーロッパでも美しい公園として知られています。ショパン像は、バラ庭園に囲まれ、この公園のシンボル的存在と言われています。夏の間、日曜日に開かれるショパン・コンサートが有名です。

ショパンのベンチ。音楽が流れます。
リスト像

ショパン像

リスや野鳥が一杯、孔雀もいます。





水上宮殿ワジェンキ宮殿は、ワジェンキ公園の池のほとりに建つ宮殿です。水に浮かんでいるように見えることから水上宮殿とも呼ばれる美しい宮殿で、ワルシャワの観光名所。



  
車窓
    
聖十字架協会 17世紀の終わりにユゼフ・べロッティの設計で建てられましたが、2つの塔を持つファザードはユゼフ・フォンタナとヤクブ・フォンタナによってつくられました。
下の階にはお墓があり、上の階にはたくさんのポーランドの著名人の墓碑銘や追悼文が飾られています。この教会はショパン一家が通っていた教会として有名で、ショパンの心臓が入った壺が安置されました。第二次世界大戦で教会は半壊し、ショパンの心臓も持ち出されたましたが、戦後に再建され1945年10月17日の命日に聖十字架教会に戻されました。現在ショパンの心臓は本堂左手の石柱の下に埋められています。

  

  
ここにもショパンのベンチ。
     
また、教会の前には地動説を唱えたポーランドの歴史学者、コペルニクスの像も立っています。 

  
 
後方に残ってるのは戦前の壁の一部です。

ショパンも通ったワルシャワ大学。 
 
 
英雄記念碑 ダヤ人歴史博物館の目の前、ワルシャワゲットーの跡地に建てられている大きな記念碑です。
ゲットーとはユダヤ人隔離地域のことで、ここから何万人もの人々が強制収容所に送り込まれた。
あのような悲しい歴史を二度と繰り返してはならないと感じさせられる場所。
記念碑の中央は蜂起指導者、ポーランド系ユダヤ人であるモルデハイ・アニエレヴィッツとのこと。
 
 

 
 
ワルシャワの建設は13世紀頃より始まり、その発展はめざましく、北のパリと呼ばれていました。しかし、第二次世界大戦によりワルシャワの約8割は消失してしまいます。
その後、ワルシャワ市民が復興に立ち上がり、煉瓦のヒビに至るまで精密に再生し、見事に当時のワルシャワを復元したのです。その功績が認められ、ワルシャワは現在世界遺産に登録されています。



























バルバカン  バルバカンと呼ばれる砦は、15~16世紀に城壁の一角に造られた赤レンガの円形状の砦。ここがワルシャワの旧市街と新市街の境目になっています。バロック様式の砦で馬蹄形をしていますが、このような形の砦はポーランドのワルシャワとクラクフ、フランスのカルカソンヌにしか残っていないそうです。当時は火薬庫や牢獄として使われていましたが、第二次世界大戦で破壊され、戦後にワルシャワ市民によって復元されました。










自由行動では教会やお土産店を見ながら散策
昼食デザートにポンチキ  16世紀に誕生しドーナツの原型となったといわれるポンチキは、ポーランド人にとっては“おばあちゃんの味”であり、朝ごはんやおやつなどとして食べる馴染み深い食べ物。
カレーパンのジャム入りのような感じです。
午後3時ごろ、皆さんでホテルに戻りその後自由行動。電車や地下鉄など乗りたかったのですが雨。そして辺りは暗くなっています。明日は3:30発なので近所のスーパーへお土産など買いに行き部屋食にしました。ホテルの近くなので行きたかったですが雨と暗いので諦めました。、ポーランドが旧共産時代に「スターリンからの贈与」という名目で造られたものですがお金はポーランド。
シャワーして適当にビール飲んで荷物詰めておやすみです。ワルシャワ二連泊
12月22日(日)

朝食を済ませて

自由行動の午前中ですがオプショナルツアーに入りました。
アウシュヴィッツとビルケナウ収容所見学、昼食付です。

「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」はポーランドの古都クラクフから2時間でアクセスできる場所にあります(註:ドイツが統治下のポーランドに建設したもので、ポーランドが主体的に作った収容所ではありません)。アウシュビッツ強制収容所(Auschwitz)はいわゆる「負の世界遺産」として知られてます。ナチス党によるホロコーストの象徴とされる収容所で、罪のない大量のユダヤ人が虐殺されました。いろいろ考えさせられることの多い遺産です。
収容所への入口には有名なARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)のスローガンが掲げられています。ナチスが好んで使ったスローガンです。実際、収容された人たちは極限まで働かされて働けなくなると殺されてしまいました。Bの文字が逆になっているのは、このスローガンが嘘だとわかっていて作らされた収容者の抵抗という説がありますが、当時Bはこのような書体が通常だったというのが真実のようです。




収容所は金網、鉄格子で厳重に守られています。電流も流れていたそうです。当時のままのところも内部に入って説明を受けましたが人間以下の生活を強いられていました。おぞましい限りです。










射殺に使われた壁。




絞首刑が行われた鉄棒も残されています。シャワーと言われたガス部屋も当時のまま。




もう一つの収容所ビルケナウに移動。線路が鉄格子の中まで続き塔から全貌を見ることができます。




共同トイレは穴があるだけで一日2000人が決められて短時間だけ使うのです。掃除もユダヤ人。昔馬小屋つたところが部屋になり何百人も押し込められて寝起きしてたところ。




この辺りは湿地帯で床もない家屋?とも言えない場所。

歴史的な場所です。人間としてとても辛いですが勉強になりました。
ホテルに戻りOPに入らなかった人と合流。ワルシャワにむかいます。約5時間半のバス移動。
3時半ごろから辺りは暗くなり4時には車窓も楽しめません。
ホテル到着 NOVOTELCENTRUM ホテルでの夕食。

夕食後ホテル近くのスーパーへ。霧が出て幻想的です。


12月21日(土)

朝食を済ませてお散歩に出ます。
クラクフ観光です。ポーランド南部の都市クラクフは、ポーランド王国時代の首都であった場所で、ポーランドで最も歴史ある都市約550年間に渡ってポーランド王国の首都として栄えた街。ーランドの第三の都市クラクフは、首都のワルシャワ、ウッチに続く第三の都市。
11世紀中ごろから16世紀末までポーランド王国の首都として栄えた古都で、日本では「ポーランドの京都」なんて例えられることも。
第二次世界大戦中にドイツ軍の司令部が置かれており、戦火を逃れた街並が世界遺産に登録されています。
広場にはポーランド出身の彫刻家イゴール・ミトライによる「エロス」という名の像が置かれています。
クリスマスマーケットとイベントを見るのも楽しいです。
ヴァヴェル城  歴代のポーランド王の居城であったヴァヴェル城はクラクフ旧市街の南に位置し、徒歩でも簡単に訪れる事ができます。
様々な様式の建物が混在する個性的な建築で、大聖堂、旧王宮、博物館など見どころが沢山。ヨーロッパ最大の王国の王都として栄えた14世紀のクラクフ。その象徴ともいえる建造物が「ヴァヴェル城」です。歴代のポーランド王の居城でもありました。
ヴィスワ川沿いに佇むレンガ造りの美しい城内には、1364年設立のカトリック教会「ヴァヴェル大聖堂」があります。歴代国王の戴冠式が行われた由緒ある場所で、多くの王が今でもこの地下に眠っています。 
火を噴くドラゴン







聖マリア教会 13世紀に建てられた聖マリア教会は、二つの尖塔を持つゴシック様式の建物。
外観は至って普通ですが、内部がとんでもなく凄いことになっていて驚きました!聖マリア教会」は1222年に建てられた、ポーランドの中で最も美しいと言われるゴシック様式の教会です。この教会には700年近く毎日ラッパを吹く伝統があり、「ヘイナウ・マリアツキ」と呼ばれてポーランドの人に親しまれています。でも、これには語り継がれる悲しいエピソードがあるのです。1241年、タタール人がクラクフを襲撃してきたとき、教会からラッパを吹いて危機を知らせました。しかし、ラッパの吹き手は、吹き終える前に射抜かれてしまったそうです。
今でもラッパは吹き続けられています。
礼拝中で入場はできませんでした。今回の旅行でもっと行きたかった教会のひとつだったのですが。
ヤギゥウォ大学  ヤギェウォ大学はクラクフにあるポーランドで最古の大学です。1364年にカジミェシュ3世により創建された大変歴史のある大学で、地動説を唱えたことで有名なニコラウス・コペルニクスはこの大学の出身者の一人です。ヤギェウォ大学の最古の校舎といわれるコレギウムマイウスは、クラクフ観光の中でも人気があり、時間予約制ではありますが校舎内を見学する事もできるそうです。
中央市場広場  クラクフは赤レンガを使った建物が多く広場の周辺には織物会館、旧市庁舎の塔、聖マリア教会の塔などの迫力のある建物が並びます。華やかに飾られた馬車の御者はほとんどが女性クリスマスマーケットとそしてイベントが楽しめました。
   
バルバカン砦 15世紀末に建てられた円形の要塞であるバルバカンを見て美術館へ。

国立美術館 現在は二階がクラクフ国立美術館になっておりチャルトリスキ美術館」はポーランド最古の美術館です。
1801年、ルネサンス美術の収集家であったイザベラ・チャルトリスカ侯爵夫人によって設立されたもので、私立美術館としてはヨーロッパ最大規模を誇ります。数ある美術品の中で最も有名なものは、1489年から1490年ごろにかけてレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた『白貂を抱く貴婦人』でしょう。他にもレンブラントなどの名作も収蔵されており、時間をかけてゆっくり見たいですが今回は一点みるだけです。

露店美術館? 
昼食 ピエロギ。エロギ(Pierogi)はポーランドの餃子。見た目は日本の餃子と似ていますが、皮が厚くモチモチした食感で、少し大きめ。少量でもお腹いっぱいになります。中身は肉、マッシュポテトとカッテージチーズ、ザワークラウトときのこ、ほうれん草、蕎麦の実など、デザート系ではイチゴ、チェリー、ラズベリーなどフルーツが入ったものもありバラエティに富んでいます。

30分ほどの移動。
ヴェエリチカ岩塩抗 約700年に渡って稼働していた塩の採掘場。
地下300メートルには、採掘場の跡地の他にも、全て塩で出来た礼拝堂、塩の彫刻を誇り、ユネスコの世界遺産にも登録されています。 

800段ほどの階段を下ります。周りはすべて塩
塩の彫刻が素晴らしい。教会も中にありびっくり。塩彫刻芸術に囲まれています。
帰路は工夫が使っていたエレベーターで一気に昇りました。
夕食

連泊なので楽チン。ホントによく歩いた1日です。
12月20日

朝食
散歩に出ました。
車窓
トルンからジヴィドニッァに移動シロンスク地方の中心都市ブロツワフ観光予定です。
千年以上の歴史を誇るヴロツワフはポーランドの西部に位置し、歴史的にドイツ領であった時代も長く、シロンスク(シレジア)地方の中心都市として文化・経済ともに栄えました。町を横切るオドラ川には12の島があり、それを結ぶのは100本以上の橋。12の島のなかにあるオストルフ・トゥムスキは歴史の町ヴロツワフでも一番古い地区といわれます。6世紀に存在したといわれるスラブ人の集落、13世紀にはモンゴル人の進入、14世紀にはボヘミア侯、さらにハプスブルク帝国に組み込まれた後、1945年まではドイツ領といろいろな国と文化の影響を受けたことで、ヴロツワフにはここだけしか出会うことができないコスモポリタンな文化遺産が数多く残っています。
百年記念会館   ヴロツワフ市の百年記念会館は長期間改修が行われていたが、昨年完成し再公開された。鉄筋コンクリート建築の歴史における画期的な建造物として2006年にユネスコ世界文化遺産に登録されている。ドイツ領だった1911〜1913年にブレスラウ市の建築家マックス・ベルクの設計により建設された。「百年記念会館」という名は、ナポレオン率いるフランス軍に勝利を収めた1813年のライプツィヒの戦いから100年を記念して建てられたこと百年記念会館の天上を覆う円形ドームは直径が67m、高さは43mで、頂上の部分は鉄鋼材とガラスで出来た明かり取りの天窓になっており、建物全体はそのドームを中心に正十字に翼を拡げた四葉型となっている。音響効果を高めるため壁は木材やコルクを混ぜたコンクリートの遮音層で覆われている。会館の最も幅の広い部分は95mあり、利用可能な床面積は14,000平方メートル、客席部分には約6,000人が収容可能である。

街中に散りばめられた250体もの小人の銅像がなんとも可愛らしく、街を歩くだけで心がほっこりと温かくなるポーランドの街、

塩の広場旧市街散策  「塩の広場」と名付けられた小さな広場はクリスマスマーケットのお店が並んでいます。

旧市庁舎やクリスマスマーケットなどみなさんで回ります。
   
見学後自由行動。教会に入ります。1945年にタワーや装飾が壊されてしまった洗礼者ヨハネ大聖堂は、それから1960年まで時間を掛けて再建されました。塔に上る時間はないです。

  
市庁舎が博物館になり入りましたが休館日で残念。

昼食は塩の広場でのクリスマスマーケットで各自散策しながらです。焼いたチーズにジャムがかかってるのを食べました。オスツィペック(oscypek)はポーランドの南部の山岳地帯で昔ながらの製法で作られる、伝統的な燻製チーズです。
このチーズは羊の乳で作られており、円錐形もしくは童話に出てくる糸紡ぎのような形をしています。中央部分には模様が入っていて、外側は明るい茶色、内側はクリーム色をしています。食感はかためで、塩気が効いています。2007年にはEUの原産地名手保護制度に認定されました。塩分がきついのでジャムをのせます。

シヴィドニッア65Km約1時間
シヴィドニッアの平和教会
釘を一切使わないヨーロッパ最大の木造宗教建築物の内部は豪華で煌びやかなバロック様式の装飾が施され、その建築的、宗教的な重要性から世界遺産にも登録されています。ヴォルとシフィドニツァ平和教会群
17世紀半ばに起こったキリスト教の宗教戦争「三十年戦争」の和議の後に建てられたため、「平和教会」と呼ばれています。迫害を受けていたプロテスタント教徒には、教会建築が許可されたものの、教会が信者の砦となることを防ぐ目的で様々な条件が課されました。
「耐久性のない木材だけを利用、釘も一切使わない、塔も鐘も設けない」という厳しい条件を見事に乗り越えて建設されたのが、これら平和教会群です。一見すると教会には見えない外観ながら、内部は豪華なバロック様式の装飾が施されています。建築的、宗教的な価値の高さ評価され2001年に世界遺産に登録されました。

内部は素晴らしいです。
     
教会入り口のコーヒーショップ
クラクフへは321Km 約5時間 移動時間が長い旅です。4時を過ぎると辺りは暗くなり、景色も見えません。
夕食
クラクフ泊 NOVOTEL CITY WEST