‘この人は…本当に黒が似合う人だ…’
そう、思っていた。
言葉を失った私は、目の前に立つその人を
眺めることしか出来なかった。
「榛名さん、今から懇談?」
先に言葉を発したのは、彼の人。
「あ…はい…
と言ってもまだ30分あるんで、
図書室行こうかと思ってはいますが…」
しどろもどろにしか返せない。
「どうしたん?何かいつもと雰囲気が違うね
あぁもしかしておれに見とれてた?」
軽口を叩き笑う先生。
その言葉の通りで。否定することも出来なくて。
「ええ、見とれてました
神坂先生は、本当に、黒が似合うんですね」
黒い、地につきそうなロングコート。
そのコートはまるで
先生のためにあつらえられたのかと見紛うほど、
先生に似合っていた。
「榛名…さん…」
神坂先生が、意外そうな顔をしてこちらを見てくる。
私がそんなことを言うなんて思ってなかったんだろう。
「今から部活ですか?今日は筋トレ…?」
私は話題をコートから逸らした。
これ以上続けていたら、
私はそのコートの袖を、掴みたくなる。
「あぁ、そうなんだ。
筋トレと、サッカーしよかって言ってる
グラウンドが使えるからね」
神坂先生もいつもの神坂先生に戻った。
「榛名さんの方が、黒が似合いそうだね
おれはそういう印象を受けるよ
飄々としているけれど、
何者にも惑わされない、芯の強い人間だと思う。」
私は眼を見開いて神坂先生を見つめた。
それを見て神坂先生は苦笑した。
「女の子に向かって‘黒が似合う’なんて
言うべきじゃないことだったかなぁ。
悪かったね。
でも…おれ榛名さんとは、ひとりの人間として
対等に付き合いたいんだ」
‘ひとりの人間として’
「ありがとう…ございます…」
私はそう言って、その場を去ろうとした。
「こちらこそ」
先生もそう言って、階段を下りて行った。
何かが、変わり始めようとしていた。