「………」
私は、何かしら、言葉を返すことができなかった。
びっくりして…
そして戸惑って…
でも、ドキドキしていた。
「私という、人間…?」
やっとの思いで絞り出した言葉は、これだった。
「あぁ、そうだよ
おれは君という人間に興味がある
だっておれにも‘君’は分からないからだ」
私は何も言わず、というか何も言えず、
神坂先生の次の言葉を待った。
「今さっき、君はおれを、分からない人間と言ったね
それと一緒さ、おれにも君は、分からない人だ
それにおれは、
君は、今おれがここで見ている君よりも、
奥が深い人間だと思うんだ」
私は何も言わなかった。言えなかった。
肯定も否定もすることはなかった。
この人の前に自分をさらけ出すつもりはなかったからだ。
どうしてこの人が私を分かってくれるだろう…?
「困らせて、しまったかな」
何も喋ろうとはしない私を見て、
神坂先生はそう言った。
「今日は、ここまでにしよう
明日もテストだろ
引きとめて悪かったね
鍵は返しておくから、行っていいよ」
神坂先生は私からそっと手を離した。
「さようなら」
私は一礼して、階段の方に向かった。
視線を感じても、振り返ることはしなかった。
‘神坂先生にはもう、出来るだけ、近寄らないでおこう’
そう思いながら、塾への道を急いだ。