「賀川先生、どうしたんですか?」
私は、少し訝しげな顔をして先生に聞いた。
「いやいや、お疲れさんって言おうと思ってな
良かったぞ、今日のお祝いの言葉」
賀川先生は、笑ってそう言った。
「あ、ありがとうございます」
私は少し戸惑いつつも、お礼を言った。
正直賀川先生からこのようなことを言われるとは
思っていなかったから。
賀川先生は、この中学で、
私が一番信頼している先生だ。
3年間、英語を担当してもらっているのもあるし、
生徒会の先生でもあるからだ。
私はこの人に憧れていた。
この人は飄々としていて、
掴みどころのない人だった。
でも、神坂先生みたいに、‘怖い’とは
思わなかった。
むしろ、親しみやすかった。
私は彼にからかわれたりすることも
多かったが、
腹が立つわけでもなく、
逆に楽しかった。
賀川先生と話すことは、楽しかった。
一種の息抜きだった。
「なぁ、榛名…」
賀川先生がおもむろに、
真剣な顔をして、言った。
「榛名は…
神坂先生が、嫌いか…?」
「えっ」
「神坂先生が、少し落ち込んでたぞ
榛名が何かそっけないって」
賀川先生は、態度を一変して、
からかうように言った。
私は少し笑って、
「気のせいですよ
新しい先生だから、どんな人か分からないし」
と返した。
少し眼をそらしながら。
「そんなんじゃないだろ」
今度はからかうような口調ではなかった。
「何を考えている?」
「どうして、ですか?
どうして、嘘だっていうんですか」
私は少しむきになった。
「おまえはそんなやつじゃないからだ
おまえは、先生によって態度を変える
やつじゃない
かくいう俺も、おまえとはたくさん喋るけど、
おまえは俺にも全部は心を開いてないだろう?
他の先生にも無難に対応はするが、
ほとんど心は開いてないようにな
だけどおまえの、神坂先生に対する態度は
どこか違う
心を開くどころか、
なるべく関わらないようにしているみたいだ
まだ会ったばかりの、新任の先生に
そういう態度をとるやつじゃねぇだろ、おまえは」
私は、その場から逃げたくて仕方がなかったが、
逃げられなかった。
賀川先生の眼が、
それをさせないでいた。
それでも、悪あがきと分かっていても、
私は先生に歯向った。
「どうでも、いいことでしょう…?
私が神坂先生のことをどう思おうが、
どう、対応しようが
先生には関係のない…「あぁ、関係ない」
私の言葉は先生に遮られた。
「関係は、ない
だがな…見てられないんだ、
おまえがそういう態度をとるのを」
「じゃあ、見なきゃいいじゃないですか
私、片付けがあるので行きます!
失礼します!」
賀川先生に引き止められる前に
私は逃げるようにしてその場を去った。
いや、文字通り私は、逃げたのだ。
言い当てられたことが、
自分でもよく分かっていたから。