部室に戻るまで、

私は一度も後ろを振り向くことはなかった。


部室前に着いて、ポケットから鍵を取り出した時、

影が私にかぶさった。


「翔野…」


振り向くと、翔野が立っていた。

もう着替えてしまっている。


「部活、終わったの?」


翔野は、声を出すことなく、頷いた。



「じゃあ…図書室寄って帰っても良い?

 返したい本があるけん…


 …どうしたの?」


翔野は黙ったままだった。



「じゃあ…着替えてくるね

 10分くらい待ってくれる?」


私は喋り出そうとしない翔野を置いて、

ドアノブに手をかけた。


「神坂先生、結木の方、結構気にしてたな」


まさに部室に入ろうとした瞬間、

翔野がボソッと言った。


「そーなの?」


「うん、ベンチから、ずっと結木を見てた

 練習の間…」


翔野は少し、苛立ったような眼をしていた。


「あの人が見てた人がどうして分かるの、

 私じゃないかもしれないやん


 翔野の方から、あの人の視線が見えるの?」


何となく、私もいらっとした。


どうしてこんなことを言われなければならないのか。



私は彼の頼みも断って、ここにいるというのに。


「見てたよ、見てた

 俺からでも分かるほど、露骨に」


私の苛立ちを察してか、

翔野もまた苛立ちが増したようだった。


「見てたからってどうなの

 どうせ私の肩書きを見てたようなもんでしょ

 会長とか、キャプテンとか


 どうしてそんなにあの人にこだわるの?

 私にあたられても困るよ


 ……着替えてくる…」


翔野を置いて、私は部室に滑り込んだ。


‘翔野は何で、あんなに神坂先生を

 気にしているんだろう・・・


 私は翔野と付き合ってるし、

 神坂先生は、「先生」だから

 恋愛対象にはなりはしないのに’



私はその時、

翔野と神坂先生の間に何があったかなんて

知る由もなかった。


そう、何も知らなかったのだ。


もし知っていたら、何か変わっていただろうか?



私は色々と考えながら着替えを進めた。

するとドアが開いて、副キャプテンが入ってきた。


「お疲れ」とお互い声を掛ける。


「あれ?他の皆は?」と問うと、


「あぁ、まだ先生と話してるよ

 職員室の外側の出口あたりに移動してたな


 話終わりそうにないから抜けてきた

 これから塾だしさ」


との答えが返ってきた。


「へぇ、美月を筆頭に?」


と笑いながら言うと、


「うん、美月ってばはりきってるよ

 

 あの人、最後、結木に声掛けてたやん

 あれで焦ってたみたい」


と副キャプテン-川島聡子-も笑った。


しかしすぐにその笑いは止んだ。

彼女はふと思い出したように、こう言った。


「そういえば、そこで大月君に会ったよ

 

 何か、用事あるから先に帰るって

 結木に伝えておいてくれって言われた」


「翔野が…?先に帰るって…?」


私は正直戸惑った。

私は彼を怒らせたのだろうか?


「うん、何か少し怒ってたみたい…

 何かあったの?」


聡子が心配そうに聞いてくる。


「いや、何もないと思うけど…

 さっきから何か変なんだよねぇ…

 神坂先生を敵視してるみたいで」


「神坂先生かぁ、あの人は分からんね

 

 見かけは優しそうで、格好良くて

 だからすぐに人気者になると思うけど…


 何かその奥…本心が見えないって言うか」


聡子がそう言い出して、

私は驚いた。


私も同じことを思っていたから。


「何か、冷たい人…な気がする…

 少し怖いんだ…」


と付け加えると、


「あぁ、結木もそう思ってた?

 そうだよね…何か…得体のしれないっていうか…」


それからしばらく私たちは、

神坂先生について話した。


そしてその話を続けながら、一緒に塾に向かった。