お前のものは俺のもの。
俺のものも俺のもの。
ジャイ○ンです。
今日、昨日?
セッションで教えてもらったことが急にバーンと腹落ちしました。ハラオチ。
この「わかった!」とか「腑に落ちた!」とか私は何回書くんだろう。
「わかった!」とか、「あれ、昨日は分かってたのに…」とか、「あ、そうじゃなくてこうだった!」とか繰り返して繰り返して、繰り返しても結局はこれしかない。分かってる。真実はいつもひとつ。
私が決めればそうなる。
意図と願いは違うんだ!とか、叶ってるんだ!とか、反映されるのは思考であって願いのままじゃダメなんだ!とか、そういうのぜーーーーーんぶどーーーーーでも良いです。それこそが私の作ったルール。
今まで書いてきたことほぼ否定したな。
でもそれで良い。
無駄なもの全部削ぎ落とした気分。
いらないルールを作りすぎていました。
・願いは願いのままじゃいけない
・「なれ」なきゃいけない
・叶った時の気分でいなきゃいけない
・大丈夫にならなきゃいけない
・不安を解消しなきゃいけない
・不安を受け入れなきゃいけない
・「別の領域を感じ」なきゃいけない
・「大丈夫」って思っちゃいけない
・彼の離婚を願ってはいけない
・彼の奥さんを妬んではいけない
・「彼が結婚している」を前提にしてはいけない
とかとかとかとか…
数日前まで必死に考えて「こうすれば良いんだ!!」って思ってたことだけど、今挙げてみると面白すぎる。
これを全部持ってても叶う。
そう決めたなら。でもそれじゃ叶うまでの過程が苦しすぎるよ。
もっと楽にいきましょう。
昨日からか今朝からか忘れたけど、「叶う」しか考えていません。
「いや無理じゃん」って思っても、「そうね、でも叶う」
「結婚してるじゃん」って思っても、「そうね、でも関係ない。叶う。」
「今頃2人で過ごしてるんだろうな」って思っても、「そうかもしれないけど見えないよね、でもまあ叶う」
不安になったら「不安きたねー叶うねー」
こんな感じ。適当か。
この界隈にいる人たちって、『ご自愛』で躓く方多いんじゃないかなって思うんです。私もずーーっと躓いてました。
「自分に大好きだよって言うことじゃない」「自分を全部受け入れることなんだ」って理解してもずーっと躓いて。
真面目にやりすぎたんです。
真剣に自分と向かい合おうとしすぎた。
大事にしようとしすぎてオーバーになって疲れてたんです。
「傷ついた人がいたら優しくするみたいに自分を扱おう」っていうけど、そんな他人行儀に自分に接するんですか?っていう話で。
今までの私は、「彼と結婚なんて無理かも…」って思ったら、「うんうん、そう思っちゃうよね。辛いよね…(無責任に大丈夫なんて言えないから黙る。もしくは“きっと大丈夫だよ”でごまかす)」って寄り添ってました。
寄り添った風に。
でもこれって、他人に対する表向きの態度じゃないですか?「多分こうした方が良いだろう」って態度じゃないですか?そうじゃない方がいたらごめんなさい。
私結構酷いから、「そう思うならそうやろ」とか「んー大丈夫大丈夫」とか言いたい気持ちをこらえて↑みたいに言うことあって。酷い。
多分自分のことだとマイナスばっかり見えちゃうからすごい落ち込むけど、人のことだとプラスの可能性もマイナスの可能性もどっちも見えるから「いけると思えばいけるしいけないと思えばいけないんじゃないの」みたいに軽く考えちゃうんですよね。
(って書いたら私無意識に潜在意識を信じてるんだな。)
だから自分に対しても過剰に同調するんじゃなくて、適当に対応するようにしました。「大丈夫大丈夫」って。
無責任かもしれないけど、思ってないのに「辛いよね…」とか言ってる方が無責任だよね。自分を受け入れてるというより騙してる。
『願いが叶う』なんて夢みたいな力、絶対使いこなしたいからめちゃくちゃ調べて、余計に混乱して「こんなんだから叶わない…」を採用するから叶わない世界になる。
潜在意識のブロガーさんや2chの達人さんたちが言っていたことがようやく分かりました。
あれは全部、彼らのマイルールです。
「毎日ひたすらイメージングをしていたら叶いました」というのも、その人が『イメージングをひたすらやれば叶う』というルールを採用したからそういう世界になった。
その書き込みを見たひとが「○○さんを参考にひたすらイメージングをしていたら叶いました」というのも、参考にした書き込みを基にその人がその人の世界に『イメージング以下略』というルールを採用したから。
潜在意識のルールに多数決なんてありません。
自分が決めたことが自分の世界のルールになります。
やっぱりとてつもなくシンプルだった。
今日久しぶりにめちゃくちゃ長いですよね。
しばらく使っていなかったキーボードを引っ張り出してきたので文章打つのがめちゃくちゃ捗るんです。
だからもう少しだけ。
私、半年前に仕事やめようって思ってたんです。
当時外回りの営業をしてて、辛くて。
「事務職になりたい」って思ってたら丁度「内勤になるか」って話が降りてきたんです。話を進めてもらったけど、なる寸前のところでその話は無くなりました。
すごく落胆して、もう絶対やめようって思って、上にも話を通したんです。そうしたら部署異動の話をいただいて。
異動しても結局は営業だから断ろうと思ったんだけど、話を聞いてみたらちょっと興味が出てきて、受けて今です。
「叶ってないじゃん」って思いますよね。
実は、2回目に仕事をやめようと思った時、「営業で仕事を探そうかな」とも思っていたんです。お仕事自体は嫌いじゃなかったし、内勤でじっとしてるのは嫌だしなって。
そして、今は内勤営業になりました。いいとこ取りです。
あと
実は今のお仕事、数年前転職活動をしてた時にちょっと憧れたお仕事なんです。でもその仕事は帰りが遅くなるから諦めました。
憧れの仕事に就いた今、他の会社はこんなに早く帰らないんじゃないかなってくらい早く帰ってます(会社がそういう方針)。
他には、次うつる会社はこういう会社が良いっていう条件をほぼ満たしてたりとか(元々今の会社の条件は全然悪くない、むしろ良い方なので)、人間関係が辛い…と思ってたら異動でそれが全く無くなったりとか(小さな会社なので異動しても居る人は変わらないです。元々いた人の態度が変わったり、関わりが薄くなったりして解消しました)。
よくよく考えたら結構すごいこと叶ってる。
でもこれも、ひたすら「絶対転職する!仕事やめる!」って思ってただけなんですよね。周りの皆に言って完全に決めてました。
無理矢理事務職になるイメージングをしてた時もあったけど、それは叶わなかったし(笑)、事務に転職するより良い結果になってるし。
結局は、叶うんです。
自分が「やっぱやめよ」って思わなければ。
決めちゃえば叶う。
まっすぐ見つめさえしていれば。
アファメーションもイメージングも「なる」も必要ないですよ。決めるだけ。
願いと反対のことが起こったって(内勤になれなかった)、本当に願っていたことはちゃんと叶う(安定と環境を求めたら内勤しかないと思ってたけど本当は営業が良かったしお給料も下げたくなかった)。
これが分かるまでに大分かかったけど、これも大事な過程ですね。
思ったより長くなっちゃったし、どれだけ長く書いたところで私じゃ説得力がないかもしれない。
でもこれだけ多くの人が言っていて、願いを叶えているならこれは絶対本当です。
願いは叶う。
叶わないと決めたら叶わない。
でも今起きている全てを叶う過程と考えられるなら、もう叶う道の途中でしかないんです。行先は叶うしかない。