あとはそれから選ぶだけ。
もちこです。
いるのかどうか分からないけど、私のブログを過去記事から読んでくださっている方は毎回コロコロと変わる私の言葉に「ちょまてよ」と突っ込みを入れずにいられないかもしれません。
ちなみに私はこの「ちょまてよ」のドラマをみてません。連続ドラマの中のたった1つのセリフだけが独り歩きするってすごいなあと思う。
いや連続ドラマなのか特別ドラマなのか映画なのかそれさえも知らないんだけどよ。
でも止まってることなんて無いから考えが昨日と今日変わるのは当たり前なんだよね。私も常に流動しています。それはあなたも、彼も、その辺のわんこも、今私の目の前でマスターとお話してるおじちゃんも。みんな。
今日の夜には何を思って何をしてるんだろうね。それは夜の私が考えてくれるんだろうよ。
最近また2chを読んでます。
過去に読んだ時は「??」だったことが久しぶりに読むと分かったりするのが面白い。
その中でね、思うのはね。
結局願望実現はオートマチック(最近のお気に入りの言葉)。それから、そこにあるから願望は浮かんでくるのだということ。
『こうしたいな』と思った時点でもうそこに向かって走り出してるんだよね。「叶ってない」と思う今も、確実にそこに向かって走ってる。だからこそ叶っていない『ように見える』今、なんだよね。見えるだけ。本当は動いてるんだけど。
走る間には
思わぬぬかるみや水溜りや、すごい下り坂登り坂があって、とてもゴールになんか辿り着けないと思うこともある。時には脱輪しちゃって「もう絶対無理だよ!!」って絶望的に思うことも。
でもそこで、「ああもう無理。やめる。無理だもん。無理じゃん。」って走るのをやめればそりゃ辿り着かないし(それでもゴールはちゃんとあるるんだよ。自分がそこに行くのをやめただけで。)、「もう一踏ん張りするぞ」ってまた走り出せばその内つく。
タイムラグを短くする方法にも繋がると思うんだけど、何かあった時にどれだけ強く思い直せるかで結果は変わるんじゃないかな。
「無理だよ無理だよえーんえーん」っていつまでもやってれば止まってる分ゴールに着くのは遅くなるし。
でも怪我したり故障したりしてるなら話は別。まずはそこを直(治)してね。壊れた車だか骨折した脚だかで走っても辛いだけだしおっそいでしょ。だったらしっかり直(治)した方が結果的に速いし楽。
でも落石があったりヤジ飛ばされたり、外の状況を見て勝手に「無理だ」って思うだけなら、それは違う。無理じゃない。自分で走るのやめただけ。止まってればそりゃ進まないから無理に見えるよ。負けないで。もう少し。最後まで走り抜けて。
だからなんだよね。『不安でも叶う』って。不安でも走るのやめなきゃ良いんだから。「本当にゴールがあるのか、たどり着けるのか不安。だけど、走ってみる」って最後にちゃんと決意出来れば。あと『言葉の最後に反応する』もきっとそう。「本当にゴールがあるのか、たどり着けるのか不安。だけど、走ってみる」はきっとこの後走り出すけど、「本当にゴールがあるのか、たどり着けるのか不安。だけど、走ってみる。だけど、不安…」っていうひとは絶対走り出さないよね(笑)この後もきっと「だけど、走ってみる。だけど、不安…」ってやるから。
って書いてて思ったけど私の例だと全然オートマじゃないね。
なんだろ。ベルトコンベアにすれば良かっただろうか。途中で降りるか降りないかとか。
潜在意識、面白いです