今回は初の県外

暗(くらがり)峠 大阪府東大阪市枚岡駅から奈良県生駒市南生駒駅を歩きます


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阪神、近鉄を乗り継いで1時間30分で近鉄枚岡駅



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歩く前に駅北の枚岡神社で安全祈願
線路沿いに北へ






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暗峠の入り口である府道170号線と国道308号線の交点に到着



この暗峠を含む奈良街道は奈良時代より以前から生駒山系をほぼ直線に跨ぐ大阪~奈良の
最短ルートとして鉄道や自動車ができるまでは多くの人が利用してきた歴史ある道です

現在も大阪~奈良の近道として車で利用する人も多く
またハイカーもよく利用します

この道、国道に指定されていますが

元々人が歩いて通ること前提の道なので車でも通れないことはないですが
狭小区間や急勾配がほとんど(特に大阪側)で
とても国道とは言えない様相を呈しています

酷いところでは道幅が2m前後、勾配も45°くらいあります

まさに国道ならぬ「酷道」

まあブツブツ言わずに歩きます









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国道です




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短い距離でだいぶ上がります
大阪平野が一望できる


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住宅街を抜けるといよいよ山道



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しばらくこんな山道が続きます

時折後ろから車が聞きなれない凄いエンジン音で登って行く





ネットで調べた最急勾配区間といわれるところ


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どれくらい傾いているかというと



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これくらい




足つりそう


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キツイ上りも終わり
峠の集落が見えてきました

右だと思うだろ?

国道は左なんだぜ







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しばらく歩いていると

ん?

石畳・・

国道で石畳って全国でここだけじゃないでしょうか

この石畳は江戸時代に郡山藩が敷いたらしい
今でいうアスファルト舗装みたいなかんじかな

それだけ当時はこの道が重要だったということ







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暗峠到着

ここは大阪府と奈良県の県境

周りも古い家が残っていていいところでした







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ここから生駒へ下ってゆく



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奈良側は比較的良好な道



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綺麗な棚田




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市街地へ近づいてきた



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百人一首でおなじみ竜田川を渡る





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南生駒駅到着


約2時間の道のりでした



しばらく早いペースの更新になります

今回は須磨アルプスと高取山を歩きます


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須磨駅から神戸市バス75系統で高倉台6丁目で下車
駅前で乗車する系統を間違えたので本来の最寄停留所(高倉台5丁目)から少し歩きました
※実際は71系統




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登山口到着(9:50)
約400段の階段を上がっていきます
このルートは六甲全山縦走路でもあります





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階段の上から高倉台を望む





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ウバメガシの密林が続く





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栂尾山山頂到着(10:00)
展望台で遅めの朝食





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道が少し険しくなってきました






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横尾山山頂到着(10:17)
見晴らしは良くないです






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注意書きを発見
ここからいよいよ須磨アルプス







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いきなり鎖場








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須磨アルプス到着(10:34)
なるほど、これが須磨アルプスといわれる所以

花崗岩の風化と浸食によってつくりだされる景色はこの世の果てのよう
と言えば大げさですが








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名勝馬の背

ここはマジ注意です
本当に馬の背のような左右断崖の細い尾根伝いに歩きます








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東山山頂到着(10:40)
さっき歩いてきた須磨アルプスが見えます








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東山からは縦走路を逸れて板宿へ


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住宅街が見えてきた






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板宿八幡神社到着(11:09)




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須磨学園正門前から坂道を下ると板宿








このあと高取山へ向かいますが、それはまた別の記事で・・


お久しぶりです。


今回は歩き旅です


神戸市西区に太陽と緑の道という自然歩道があります。

その中の大山寺~木津・木幡を歩きます。


今回の旅の起点は神戸市西区伊川谷町前開です。

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学園都市駅から神姫バスで大山寺小学校前下車

ここから集落を大山寺方面へ



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案内板を発見



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ここから太陽と緑の道スタートです。

初めは墓地の中を通ります。


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不気味ながらも鮮やかな緑の道が続きます。

10分ほど歩くと阪神高速7号北神戸線を跨ぐ橋に出ます。

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さらに北へ進むと県道65号線新道を跨ぐ橋。

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橋を渡るとここから隋縁カントリークラブの敷地に沿って歩きます。


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目の前にフェンスが!

どうやら本来は道がまっすぐ続いてたようですが
ゴルフ場ができた関係で道を削ってしまったようです。


代わりに谷底への迂回路があります。

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この迂回路、地図で見たときはそんなに距離ないと思ってたけど、起伏にそのまま取って付けたような
道なのでアップダウンが激しい。おのれ隋縁カントリークラブ・・・

時々ゴルフを打つ音や声援が聞こえてくる。
ゴルフボールをひとつ拾った。


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再びフェンスが

つまりここが旧道との合流地点。迂回路は終わり。再び尾根伝いに歩きます。





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藪道を歩いていると右手に突然案内板が

どうやら高畑城という城の跡らしい。

こんなところに城があったとは到底見当がつかない

まあ戦国時代前期の城といえば山城ですからね。

 標高234メートルの高畑山頂には、文明十八年(1486)に伊川荘の代官職に任命された明石氏が構築した高畑城があった。『蔭凉軒日録(おんりょうけん)』によると、その初代城主は明石法眼周防守宗安であるといわれている。それから約百年間、この城の歴史は史料に見られず謎であるが、天正年中(1573~91)に明石与四郎則真が城主として登場する。その後、天正六~七年の三木合戦で則真は羽柴秀吉側に属し、端谷城攻略のための対城として高畑城を守備したとあり、三木落城後、則真は豊岡城へ移封され、これを機に高畑城は廃されたと思われる。
 城跡の両側の谷は深く急傾斜であり、特に南側は絶壁となっている。城の頂上には曲輪(囲い)が東西に二つ配置され、それを取り巻くように腰曲輪がコの字形にめぐらされ、尾根伝いには、連郭式に曲輪が配されている。城の両側は深い堀切で区切られ、城と居館を結ぶ尾根筋には物見台・竪堀・堀切が随所に設けられている。

【高畑城跡案内板より】


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こんな山道がひたすら続く。




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寺谷からの道の合流点に到着

右の道を下れば櫨谷町寺谷


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ちょっと見にくいですが道の途中に平たい一枚岩があります。

弁慶のよき砥ぎ岩といって一の谷の合戦で義経一行がこの道を通った時に
弁慶が自分の斧をこの岩で砥いだという逸話が残っています。

写真にはないのですがこの岩の先に分岐があり案内がないので迷いましたが
左に行くようです。右に行くと崖のような急斜面をおりて西神戸カントリークラブ
の前に出てしまいます(本人体験談笑)


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寺谷牧場と堂屋敷洞窟との三叉路にある堂屋敷洞窟の案内板


櫨谷川の源流岩淵池の東南約500mに位置し、その近くにはハイキングコース“太陽と緑の道”が通っている。洞窟の入口は高さ1.5m、幅2m、奥行 15m程あり、奥に入るほど広くなり最も奥まった所に祭壇を設けて数体の地蔵が祀ってある。またその横には白蛇の石造物も祀られている。昔から寺谷大師と呼ばれ、かつては8月24日の地蔵盆に祭礼も行われ、明石西国の番外札所として賑わった。伝説によれば、飛鳥時代にこの地方に仏教寺院を開いた「法道仙人」が修行し、櫨の木で造った地蔵菩薩を如意寺の本尊とし、それが櫨谷の地名の起こりといわれている【西区HPより】

案内に沿って道を下に降りると開けた田んぼに出ます
パッと見洞窟なんかどこにあんの?ってなりますが畝を進んでいくと
藪の中に突然姿を現わします。

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中は真っ暗。懐中電灯を忘れたので中への侵入は断念。

てか昔の人、よくこんなところで修業しようと思うわ笑




三叉路に戻って今度は寺谷牧場方面へ。





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すぐ右手に仏谷洞窟への案内板!


この道は非常に荒れてました。

倒木も2か所ほどあり、沢へ下る道はほぼ崖で谷底についてもぬかるんみが行く手を阻みます。

倒木を利用したり忍者走りをしながら仏谷洞窟を目指します。



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すごい!

洞窟と呼ぶべきか疑わしいけど奇岩としては十分壮大。

神戸にこんな場所が残っているとは・・



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寺谷牧場から仏谷洞窟へ下る道にありました。
垂水区ということは少なくとも西区が垂水区から独立した1982年(昭和57年)以前のもの


さて、ここで携帯の電池が切れたので画像はなしです笑



寺谷牧場まで戻って木幡への道を下りていきます。


あまり人が通らないのか、かなり道は荒れていて羊歯が道の幅を狭めつつありました。
しばらくは起伏こそあるものの、比較的平坦なみちのりが続きます。


牧場をはなれて進路を北に取りだしてから悪路になります

道幅約50㎝、崖のような急斜面、落ち葉で道の区別がつかないで散々でした


15分ほど下って県道22号線に出ました。

大山寺を出て約2時間の道のり。


部活を引退した身にはキツい行程でした。


帰りは木幡から神鉄で帰宅。




SIMENS501の旅ブログ記念すべき第一回目は【神戸市西部岩岡・神出】です

今回は神戸市伊川谷町有瀬をスタート地点とします

まずは県道21号線をひたすら西へ

SIMENS_205-兵庫県道21号線

SIMENS_205
 
この道路、西明石までほぼまっすぐ伸びています
これ1938年に国家総動員法が施行され、その一環として当時西明石にあった
川崎重工の戦闘機製造工場(現オートバイ製造工場)のテスト用滑走路を作る目的で
建設された経緯があります。
結局使用されないまま終戦を迎え、多聞から東は第二神明道路として、
西はこの県道21号線として現在に至っています


SIMENS_205-ヒラキ

障子口交差点から大窪、高丘、山手、北場を経て岩岡に入ります




















東北までテレポートしたようです

SIMENS_205-秋田






















地元の方との交流もまた旅の醍醐味

SIMENS_205-マネキン













































$SIMENS_205-野中3


なんやかんやで第一チェックポイント「野中の清水」到着です

この野中の清水は播磨十水、日本五水に数えられる湧水地で
古今集にも詠われるほと歴史が深く、当時台地で水利に乏しくしばしば干ばつに
も災れた岩岡ですが、この湧水は枯れることなかったそうで
昔はお酒の醸造にも使われた名水だったそうです
現在、周りは公園として整備されていますが、水を飲用することができません。残念。

SIMENS_205-野中2

公園の真ん中からは今も清水がこんこんとわき出ていました


ここで昼食を摂ってつぎの場所へ向かいます















$SIMENS_205

ひたすら田園風景が続きます
こういう景色大好きです
夏に来たら緑が映えてもっときれいなんでしょうね















$SIMENS_205

$SIMENS_205

第二チェックポイント「練部屋分水所」です

岩岡、神出は今でこそ豊かな農耕地ですが江戸時代までは前述のように
台地という水に恵まれない環境のためあ荒れ野が広がっていました
江戸時代に入ると明石藩などが中心となり本格的に農地開墾を始めます
その際に北区淡河川、山田川から水を引いてこようという計画が持ち上がり
さまざまな苦労(土地の高低差など)があったようですが1891年に完成し
稲美、神戸市西部に肥沃な土地をもたらしました

この練部屋分水所はそうしてはるばる北区から送られてきた水を
各地域に均等に配水するための施設です
工事中の為、現在は機能を停止しているようです






こちらは老の口分水所です


$SIMENS_205















さて神出から南西に進路をかえて岩岡神社へ向かいます
枯れた田んぼに目をやると野焼きが盛んに行われていました
おかげで服が燻されました








$SIMENS_205

最後のチェックポイント「岩岡神社」です

岩岡神社は1682年に神出から大岩を迎えて祀ったことにはじまり、
明石藩主松平直明と農業の神「素盞鳴命」を祭神としています
当日は野鳥の撮影で人がちらほらいらっしゃいました

$SIMENS_205

鳥居から本殿までが異様に長い(約150m)

$SIMENS_205

本殿



















これで岩岡・神出の旅は終りです


今回は西へ行ったので次は東を攻めようとおもいます



















帰りに明石の亀の水(湧水)に立ち寄りました


$SIMENS_205



亀の水も野中の清水も不思議とぬるかった