お久しぶりです。
今回は歩き旅です
神戸市西区に太陽と緑の道という自然歩道があります。
その中の大山寺~木津・木幡を歩きます。
今回の旅の起点は神戸市西区伊川谷町前開です。

学園都市駅から神姫バスで大山寺小学校前下車
ここから集落を大山寺方面へ

案内板を発見

ここから太陽と緑の道スタートです。
初めは墓地の中を通ります。

不気味ながらも鮮やかな緑の道が続きます。
10分ほど歩くと阪神高速7号北神戸線を跨ぐ橋に出ます。

さらに北へ進むと県道65号線新道を跨ぐ橋。

橋を渡るとここから隋縁カントリークラブの敷地に沿って歩きます。
。

目の前にフェンスが!
どうやら本来は道がまっすぐ続いてたようですが
ゴルフ場ができた関係で道を削ってしまったようです。
代わりに谷底への迂回路があります。


この迂回路、地図で見たときはそんなに距離ないと思ってたけど、起伏にそのまま取って付けたような
道なのでアップダウンが激しい。おのれ隋縁カントリークラブ・・・
時々ゴルフを打つ音や声援が聞こえてくる。
ゴルフボールをひとつ拾った。

再びフェンスが
つまりここが旧道との合流地点。迂回路は終わり。再び尾根伝いに歩きます。

藪道を歩いていると右手に突然案内板が
どうやら高畑城という城の跡らしい。
こんなところに城があったとは到底見当がつかない
まあ戦国時代前期の城といえば山城ですからね。
標高234メートルの高畑山頂には、文明十八年(1486)に伊川荘の代官職に任命された明石氏が構築した高畑城があった。『蔭凉軒日録(おんりょうけん)』によると、その初代城主は明石法眼周防守宗安であるといわれている。それから約百年間、この城の歴史は史料に見られず謎であるが、天正年中(1573~91)に明石与四郎則真が城主として登場する。その後、天正六~七年の三木合戦で則真は羽柴秀吉側に属し、端谷城攻略のための対城として高畑城を守備したとあり、三木落城後、則真は豊岡城へ移封され、これを機に高畑城は廃されたと思われる。
城跡の両側の谷は深く急傾斜であり、特に南側は絶壁となっている。城の頂上には曲輪(囲い)が東西に二つ配置され、それを取り巻くように腰曲輪がコの字形にめぐらされ、尾根伝いには、連郭式に曲輪が配されている。城の両側は深い堀切で区切られ、城と居館を結ぶ尾根筋には物見台・竪堀・堀切が随所に設けられている。
【高畑城跡案内板より】

こんな山道がひたすら続く。

寺谷からの道の合流点に到着
右の道を下れば櫨谷町寺谷

ちょっと見にくいですが道の途中に平たい一枚岩があります。
弁慶のよき砥ぎ岩といって一の谷の合戦で義経一行がこの道を通った時に
弁慶が自分の斧をこの岩で砥いだという逸話が残っています。
写真にはないのですがこの岩の先に分岐があり案内がないので迷いましたが
左に行くようです。右に行くと崖のような急斜面をおりて西神戸カントリークラブ
の前に出てしまいます(本人体験談笑)

寺谷牧場と堂屋敷洞窟との三叉路にある堂屋敷洞窟の案内板
櫨谷川の源流岩淵池の東南約500mに位置し、その近くにはハイキングコース“太陽と緑の道”が通っている。洞窟の入口は高さ1.5m、幅2m、奥行 15m程あり、奥に入るほど広くなり最も奥まった所に祭壇を設けて数体の地蔵が祀ってある。またその横には白蛇の石造物も祀られている。昔から寺谷大師と呼ばれ、かつては8月24日の地蔵盆に祭礼も行われ、明石西国の番外札所として賑わった。伝説によれば、飛鳥時代にこの地方に仏教寺院を開いた「法道仙人」が修行し、櫨の木で造った地蔵菩薩を如意寺の本尊とし、それが櫨谷の地名の起こりといわれている【西区HPより】
案内に沿って道を下に降りると開けた田んぼに出ます
パッと見洞窟なんかどこにあんの?ってなりますが畝を進んでいくと
藪の中に突然姿を現わします。

中は真っ暗。懐中電灯を忘れたので中への侵入は断念。
てか昔の人、よくこんなところで修業しようと思うわ笑
三叉路に戻って今度は寺谷牧場方面へ。

すぐ右手に仏谷洞窟への案内板!
この道は非常に荒れてました。
倒木も2か所ほどあり、沢へ下る道はほぼ崖で谷底についてもぬかるんみが行く手を阻みます。
倒木を利用したり忍者走りをしながら仏谷洞窟を目指します。



すごい!
洞窟と呼ぶべきか疑わしいけど奇岩としては十分壮大。
神戸にこんな場所が残っているとは・・

寺谷牧場から仏谷洞窟へ下る道にありました。
垂水区ということは少なくとも西区が垂水区から独立した1982年(昭和57年)以前のもの
さて、ここで携帯の電池が切れたので画像はなしです笑
寺谷牧場まで戻って木幡への道を下りていきます。
あまり人が通らないのか、かなり道は荒れていて羊歯が道の幅を狭めつつありました。
しばらくは起伏こそあるものの、比較的平坦なみちのりが続きます。
牧場をはなれて進路を北に取りだしてから悪路になります
道幅約50㎝、崖のような急斜面、落ち葉で道の区別がつかないで散々でした
15分ほど下って県道22号線に出ました。
大山寺を出て約2時間の道のり。
部活を引退した身にはキツい行程でした。
帰りは木幡から神鉄で帰宅。