知らない町に行くとつい屋根の瓦に目を引かれます。

そういえば、小学校の夏休みの絵の宿題を3年連続屋根を描いて出した記憶があります。

でも、実は屋根は、その町の気候や文化を結構表現することが多いんです。

歴史を列車に乗り、富山に近づくと黒くて重厚なイメージの屋根瓦が多いことに気づきます。
富山では屋根の雪を落とすため、黒い釉薬(ゆうやく)を使い、滑りやすくしているため、黒い屋根瓦の家屋が多いとのこと。

小松市では、赤い瓦が多くのこっています。実際にgoogle mapで見てみると赤っぽい屋根が多いことに気づきます。昔からの加賀赤瓦というそうです。1600年代ごろから作られており、歴史のある文化となっているようです。

もともと日本で瓦が作られるようになったのは、6世紀後半。
朝鮮半島の百済から4名の瓦博士がやってきて伝えました。
ちなみに、この時期に法興寺(飛鳥寺)が作られており、その後昭和に入ってから移転した際に、法興寺創建当時の1400年も経った瓦が170枚も現役で使われていたことがわかったそうです。当時の技術が優れていたことがわかりますね。


三州瓦のオフィシャルサイトによると、最古の瓦は、中国で出土したもので3000年前のものだそうです。http://www.kawara.gr.jp/01_rekishi/rekishi.shtml

ちなみに北京の故宮の屋根瓦は、黄色です。

初めて見た時には、華やかな屋根の色に驚きました。

調べてみると、古代中国の正色は五色で青、赤、黒、黄とされていて、聖人君子が使用する色とされていました。また、方向にも青(東)、朱(南)、白(西)、黒(北)と使われ、その中心に皇帝がいて黄色となっていたとのこと。
そのため、この黄色は中国では皇帝しか使えず、北京の紫禁城の屋根瓦が黄色になっているそうです。ちなみに、世界遺産の天壇は、美しい青の瓦が使われています。

しかし、日本では黄色は貴重な色として扱われなかったようです。

http://www.eonet.ne.jp/~kotonara/irono.htm


ちなみに、朝鮮時代の宮殿は中国から見て東の方なので、中国の影響力の下にあった朝鮮では黄色は使えませんでした。

朝鮮末期1895年1月7日 清国に依存する考えを断ち切り、自主独立の基礎を立てることを宣言したため 初めて昌徳宮(チャンドクン・창덕궁)の煉瓦を黄色で塗ったといいます。

昔は、韓国の宮廷の屋根には、青が使われていたとの話もあるので、中国から見て東にあるということから、青となったのかも。そして、それが現代の青瓦台に受け継がれたのでは・・・・。

http://www.love-seoul.com/log/eid157.html

こうやってみると、屋根の瓦に隠された歴史や文化、気候の話。面白いですね。

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