書けそうなキーワード
テーマストック


お金
時間
読書
植物
睡眠
結婚

散歩


地面

夜中
徹夜
文体
小説家
美術
音楽
命、子供
随分久しくここの存在を思い出したので、テキトーに綴ってみようと思う。

最後は去年の八月ということでなにをやっていたのかをふと思い出してみる。
随分今の生活水準よりユルイ生活をしていたと思う。
まず、こんな時間まで起きている事はひと月に1回程度だっただろうし、こうなることは到底予測できなかったことだろう。
つくづく思い返してみると、様々な価値観と直面してきたと思う。
自分の思ってもみなかった才能…とは言えないが傾向に気が付いたり、
様々な人の様々な思考、様々な人生を垣間見ることがあった。
自分の中で完結していた思考が外の世界へ拡張されていくように、
インクが水に溶け込むような感覚があった。
それはまた広がると共に自我が希薄されるようでもある。
僕は僕でありながら以前の僕ではなくなったのだ。
少なからず、去年の自分には戻れないだろう。
一度踏み入れたらもうきれいさっぱりなかったことにはできないのだ。
それこそインクが水に溶けてしまえば、もう水とインクが自然に分離することはできないように。

結構陳腐なりに書こうと思えば文章がでてくるもんだと思った。
やはり、意味もなくただ自由に誰にも気をつかわず文章を書くという作業は楽しいものだ。
はたからみれば明らかに「何だこいつ」的なものでも、そんなことを考慮する必要はない。
それが前提の文章だからだ。
いかに稚拙であろうと、前置きとしてそういうものだと宣言してしまうことほど、ズルイことはないが、
ずるくても誰も困ることもない、読みたくなければ読まなければいいし、逆もまたしかりだ。

しかし、いつからだろう。小説を読んでいるうちに自分でも何かを表現したくなるような衝動に駆られ始めたのは…
沢山の物語を知れば知るほど、その表現法が僕の体に流れ込んできて、それがいっぱいになると吐き出したくなる。入力をしすぎると出力したくなるという関係もまた誰に説明がつくのか、本能に近いのかもしれない。
腹が減ったらメシを食うように、文を読んだら、文を書く。
これもまた永遠と続いてきた試みなんだろうと思う。

と、いうことで、自分の文章&タイピングトレーニングになるかもしれないので、再びここでまたいろいろと実験をしてみるかもしれない。
勢いで一気に書いてみたら指が疲れてきたので今日はここまでにするとしよう。
OLとか事務仕事で1日パソコンと向き合っている人はよく指がいたくならないなぁと思う今日この頃である。

文章を適当に書くとは言えど、文章を書くうえでテーマの設定ということは大きくその内容に影響する。ということで、このブログにおけるテーマとは何か、または何にしようかと考える。


我ながら自分の文体について考察してみると(この時点ですでにそうであるように)実に屁理屈っぽく感じられる。この特徴を利用して、ひとつ、言葉についての文章というなんともひねくれたことでも現わしていこうかと思う。たとえば本のタイトルや新進気鋭の造語などについて極めて私的なイメージを作り出し、文章で表現しなおす、といったようなことである。


などと適当に考えると大まかに、言葉遊び、与太話、断想随想といった項目だろうか。さて、考え続けるとキリがないのでこのへんにしておこう。