自転車で会社から帰宅途中、京王井の頭線の久我山駅付近で「久我山ホタル祭」の案内看板を見ました。

 

「ホタル」と聞くと、数年前に長野県にある、日本一のほたるの名所松尾峡・ほたる童謡公園で見た蛍がとてもキレイで感動したのを思い出します。

 

一面、ホタルだらけで、それはそれはとても幻想的な光景でした。

その翌年も行ったのですが、タイミングが合わず、前年ほどホタルがおらず、ちょっとがっかりして帰宅した記憶があります。やはり、自然の中の生き物なので、タイミングがちょっとでもずれると厳しいようです。

 

 

話が飛びましたが、ホタルを近場で見れるのでよさそう!ということで、家族に行ってみようと提案。

 

6月3日、4日とのことで行く予定になったのですが、ホタル祭りに対して妻が一言。

「久我山ホタル祭は、そのタイミングでホタルを放つらしいんだけど、放たれたホタルってその後どうなるの?」

 

・・・確かに言われてみればその通りで、前述のほたる童謡公園のように、その場で育ったホタルはいいのですが、人間が放ったホタルがその場で生きられるようには思えません。

ということは、短い一生を終えるのでしょうか。

 

実は知らないところで、様々な犠牲の上に我々の生活や娯楽は成り立っているのかも、と思った出来事でした。