今日、1月17日

防災とボランティアの日

 

24年前、1995年の今日、

淡路島北端と震源とした

兵庫県南部地震が発生。

甚大な被害と犠牲をもたらした

阪神・淡路大震災に

日本中が衝撃を受けました。

この救助・救援に

全国から多くのボランティアが駆けつけ

大きな役割を果たしたことから、

日本のボランティア元年とも言われます。

そしてその年12月の閣議了解を経て、

1/17を

「防災とボランティアの日」、

1/15~21

「防災とボランティア週間」

定められました。

 

*** 私には何ができるか ***

 

指示や助けを待つだけ、ではなくて、

自分にできること

自分がやるべきこと

想像して、

準備しておきたい。

 

私は力持ちでも

頭脳明晰でもないけれど、

時間と準備があれば、

もしかしたら、なにかしら

できることがあるかも知れない。

 

防災って、

逃げる訓練だとか、

誰かの指示に従って

非日常で特殊なことをすること

ばかりではないんだ・・・

ということに私が気づいたのは、

阪神淡路大震災の16年後、

 2011年の東日本大震災がきっかけでした。

 

初めて体感した大きな地震の恐怖と

繰り返される被災地の報道。

小3の長男は

「すごく揺れてびっくりしたけど、

〇〇さんちのブロック塀(かなり古い)に

”しがみついてた”から大丈夫だった!」

と、武勇伝のように語る。

幼児・乳児を抱えて、

それまで想像もしなかった事態に

なすすべなく、おびえていた夜、

突然、玄関チャイムが鳴りました。

それまでまだ

たまに軽い挨拶をする程度だった

お隣の奥さんが、

子どもたちを連れて

わが家に逃げ込んできたのです。

ご主人は東京から帰宅できず、

「母子だけで過ごすのは不安」と。

彼女はかつて大阪で

阪神淡路大震災を経験していました。

恐怖も悲しみも知っていました。

 

母同士、子ども同士ともに同年代。

私だって何もできない、

どうしたら良いかわからない。

けれど、近くにいて

助け合える仲間がいるというだけで、

どんなに心強かったことでしょう。

 

お隣一家は今は引っ越して

ご縁は途切れてしまいましたが、

あの日、

よく知らない隣人でしかなかった

わが家に飛び込んできてくれたこと、

しなきゃいけないことがあると

気づかせてくれたことに

心底、感謝して止みません。

 

現在も引き続き、復旧・復興のための

ボランティアを必要としている場所があります。

私自身も被災地に赴くことを

考えたことはありますが、

私はまず

母親としての責任が最優先事項です。

今はまだ、遠くにお手伝いに行く

役割は担えないけれど、

 

毎日の生活の中で、

子どもたちと一緒に、

身近なひとたちと一緒に、

私たちにできるかも知れないことを

誰かのために、自分たちのために、

いつかいつでも助け合えるように、

考えて、できるだけ準備しておこう。

 

生活密着型ママ防災士

でありたいと思っています。