昨日仕事だったので今日は代休をいただいておりまして、
伸びに伸びた髪を切った結果、我ながら爽やかになってしまいました。
いや、正式には爽やかさに拍車がかかる形になったと言うべきか。
さて、その待ち時間でのんびり雑誌を読んでたんですが、そこに温泉宿の特集がありまして。
名前忘れましたが青森の山奥にある宿が、電気ではなくランプ,ストーブではなく
囲炉裏。テレビはもちろん、コンセントもありません。大自然に囲まれてゆっくり時が
流れるこの宿で、日々の喧騒を忘れてみませんか?みたいな感じで紹介されていて、
外の雪景色と相まって、とても素敵に見えました。
でも、そこでふと思ったんですが、これだけ物に囲まれた生活をしておいて
今さら何もないところに憧れるって、
そして、好きで働いてるのにゆっくりしたいと思うって、
どういうことなんでしょうか。
好きで物を揃えたんじゃないの?便利な生活がしたいんじゃないの?
そのために忙しく働いてるんじゃないの?
ほんとに非日常を味わいたいだけなの?
豊かな暮らしがしたい。
豊かな暮らしのためにはお金がいる。
お金を得るためには働く必要がある。
お金が入るともっと豊かな暮らしがしたくなる。
もっとお金がほしいからもっと働く。
この繰り返しの結果、今のような矛盾が生じているような気がしています。
(もちろん、ゆっくりするためにもお金がいるから働くわけですが...)
そう考えていくと、その根源には人間の欲求がある気がするわけです。
頑張って水準を上げてもすぐそこに慣れ、また次の欲求が生まれる...。
そういう欲求があるから生活水準が上がってきたわけですが、
そのせいで出口のない矛盾に苦しんでいるのも事実。
そしてこの記事も同様に落としどころがなく苦しんでいるのも事実。
とにかく今思うのは、自分は何をしたいのかということを、
日々の忙しさに負けず、自分自身との対話の時間を取ることを忘れないように
したいなって。そう思っています。
なんか今日は発散し放題でしたが、それくらいまだまだぼんやりしてるという
ことなので、もっと考えてみて、まとまったら改めて発表したいと思います。撤収。
(うかつに難しいことに斬り込むと返り討ちにされる典型例)