判断が早い人は、
賢く見える。
即答できる。
迷いがない。
言葉に詰まらない。
だが、
判断が早いことと、
考えていることは、同じではない。
多くの場合、
判断の速さは、
すでに決め方が固定されている証拠だ。
過去の経験。
慣れた構図。
分かりやすい正しさ。
それらに当てはめれば、
答えはすぐに出る。
一方で、
判断が遅い人は、
その当てはめを一度止めている。
これは本当に同じ状況か。
削られている前提はないか。
見えていない要素は何か。
そうした問いが、
判断を遅らせる。
沈黙が生まれ、
言葉が減り、
即答ができなくなる。
だがその時間は、
思考が止まっている時間ではない。
むしろ、
最も動いている時間だ。
判断が遅い人は、
優柔不断なのではない。
情報が足りないのでもない。
まだ、
決めていないだけだ。
決める前に、
見ている。
決める前に、
配置を確認している。
速さが評価される場では、
この時間は欠点に見える。
だが、
本当に引き返せない判断ほど、
速さは価値にならない。
慎重さは、
臆病さではない。
遅さは、
弱さではない。
判断が遅いという事実は、
その人が、
まだ考えていることの証拠だ。
もし、
自分だけ判断が遅れていると感じたら、
焦る必要はない。
それは、
思考が、
まだ途中にあるというだけだ。